概要
ある大学図書館から、同館が古書店より購入して所蔵する『人権擁護局報(以下、「局報」』について、発行元の法務省人権擁護局から回収の依頼があったが、対応についてどのように考えるか図書館の自由委員会に質問がありました。
局報は人権擁護局が内部の執務参考資料で、国の発行する出版物なので国立国会図書館に納本しているが、同館は人権擁護局の要請に基づき利用制限措置をとっています。
図書館の自由委員会の基本的な考え方を示し、また『図書館と法』の著者である鑓水三千男氏の参考意見を紹介します。
なお、図書館の自由委員会サイトでは、「こんなとき、どうする?」のコーナーに「出版者から回収・差替えの要求があったとき」の記事を掲載していますので、あわせて参照してください。
http://www.jla.or.jp/committees/jiyu/tabid/660/Default.aspx
図書館の自由委員会の基本的な考え方
・図書館が購入した資料はその図書館が必要だと判断して収集したものであり、資料の取扱いは当該図書館の方針に従うものである。
・国立国会図書館は、「国立国会図書館資料利用制限措置に関する規則」により当該資料について利用制限措置を取っているのであって、他の図書館にその規則が及ぶものではない。
参照:国立国会図書館関係法規
https://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/laws/index.html
https://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/laws/pdf/a5312.pdf
・従って、回収に応じる必要はなく、もし発行者から利用制限の要請があれば、それを受けて図書館独自に判断することになる。
・万一回収ということで発行元に購入資料を引き渡す場合、購入したものを図書館の除籍基準に依らずに除籍手続きをすれば図書館に非があることになる。
人権擁護局からの資料回収要請についての参考意見(鑓水三千男)
質問
某官公庁の内部資料とされていたものを古本市場で入手されたものが、複数の大学図書館で収蔵されている。当該資料については、法務省人権擁護局から回収依頼がされているが、大学図書館では研究資料として適正に購入したものであり、これに応ずることには消極的である。法務省人権擁護局からの要請を受け入れなければならないのか。
回答私案
人権擁護局からの要請に応じなければならない理由はないと考える。現在、当該資料は大学図書館が収蔵しているのであれば、当該資料の所有権は当該大学に帰属している以上、国家機関といえども法的根拠なくして他者の所有権を奪うことはできない。人権擁護局の要請の法的根拠が示されていないが、単なる要請であれば、これに従うか否かは大学の判断である(人権擁護局とすれば、大学から強制的にその資料を提供させる法的根拠がないから、「要請」という事実行為の手段を講じたものと考えられる。)
そもそも、国立国会図書館に対して人権擁護局が収蔵資料として提供しておきながら、大学が研究資料としてこれを保有することが不都合である合理的な理由がわからない。国立国会図書館が国会議員の諸活動に資するために設置されたものであるが、その収蔵資料は原則として一般国民や研究者等にも開示されているものであり、これが不都合であれば(国民の人権擁護の関係から、開示することが特定の分野の国民に対し差別や偏見の助長につながるなどの不利益利益になりかねないなどの合理的な理由があれば)、今回採られた措置のように閲覧制限を施せば足りるものであろう。
一方、大学の図書館は大学の学問研究に資するために設置されているものであって、その価値は国立国会図書館が果たす機能と遜色があるわけではない。したがって、国立国会図書館に収蔵を認めておきながら、大学図書館に収蔵を認めない理由はないと考える。
ちなみに、当該内部資料がなぜ市中の古本屋で流通していたかについては定かではないが、当該資料が某省庁から違法に流出したものであれば、国家公務員法違反事件の犯罪組成物として刑法第19条の規定により没収されるであろう。そのような強制的手法がとられることもなく、単なる要請であれば、各大学図書館は人権擁護局の要請に応じて回収に同意する必要はなく、かえってその要請に応じたとすれば、その法的根拠自体が問われ、適法に大学図書館の収蔵資料の所有権を放棄したかどうかが問題視されるのではないか。
一般に、国家機関がそれ以外の機関に対して何らかの措置を求める場合には、法的根拠を示すものである。したがって、上述のとおり要請する文書にその旨の記載がなければ、任意の要請であって、協力するかどうかの判断は大学に帰属すると考えるが、国家機関が大学図書館に収蔵している資料の回収を求めることは、当該資料に基づく大学の学問研究に対する容喙ともいえるのであって、対応はよほど慎重に行うべきであろう。
結論から言えば、大学の学問研究の自由を確保する観点からも法的根拠が明確であって、強制力を伴う法的根拠を有する「資料回収命令」でなければ従う必要はないと考える。
したがって、お見込みのとおり、大学図書館としては人権擁護委員会の要請に応じなければならない法的立場にないのであって、その根拠は、私なりに整理すれば、
① 所有権は大学図書館にある。
② 当該所有権を破る法的根拠は人権擁護委員会にはない。回収要請は法的根拠に基づく「資料回収命令」ではない。
③ 国立国会図書館に同様の措置を講ずるのであれば(国民の人権擁護の立場から、閲覧制限に制約を付することに合理的な理由がある場合など)、大学図書館が保有を継続できない理由はない。
④ 大学の学問研究という機能にてらし、法的根拠のない回収要請は、これら憲法上の基本権に対する容喙の可能性を否定できない。
⑤ 人権擁護局による回収要請は、「要請」という任意のものであって、回収要請に応じなければならない法的義務は大学図書館にはない。
⑥ 仮に、大学図書館が任意の回収要請に応じた場合には、図書館資料の所有権を放棄した法的根拠が求められる。
などが挙げられよう。
(2022年7月29日掲載)