西日本を中心とした豪雨により被害に遭われている皆様に心よりお見舞い申し上げます。


●大阪北部地震により被害に遭われている皆様に心よりお見舞い申し上げます。

●熊本県を中心に発生している地震により、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます
図書館災害対策委員会のページ
東日本大震災対策委員会のページ

「図書館員のおすすめ本」本文

これまでに『図書館雑誌』で掲載した「図書館員のおすすめ本」を,こちらのページで掲載しております。
(現在は試験的公開のため,許諾を得た一部のみを公開しております。)

「お絵かき」の想像力 子どもの心と豊かな世界

皆本二三江著 春秋社 2017 ¥1,800(税別)

 小さい子どもと一緒にお絵かきをする時,子どもの描く,頭から手足が生えているヒトらしき絵を見て思わず微笑んだことはないだろうか。幼児の絵に見られるこのヒトの形は「頭足人」と呼ばれ,子どもの発達段階で必ず出現する。不思議なことにこの頭足人は,異なる文化や環境にあるどの国の子どもでも「ヒト」を描く時に必ず現れる。
 なぜ世界中の子どもたちはそろいもそろって,誰に教わったわけでもないのに,胴体のない頭足人を描くのだろうか。本書はこの頭足人をはじめ,幼児期の絵にみられるプロセスやモチーフが世界共通のものである不思議を,集団生活の場で大量に描かれた絵や,特定の子どもの描く絵の長期間にわたる観察から解き明かしていく。
 子どもの絵は,まず「点」から始まる。一見無意味のように思える紙に叩きつけるように描かれた点は,実はその後の発達の重要な第一歩となる。「点」は,やがて「線」になり,曲線などの変化がみられる「なぐりがき」の時代を経て,やがて不恰好な「円」になる。そして点や線,円を組み合わせた絵の中に,いつの間にか頭足人が出現する。はたして頭足人とは何者なのか。
 筆者はそれを,人類が四つ足歩行をしていた時代の記憶の現れだと推測する。遠い昔,四つ足動物であった自身の正面から見た姿を,子どもは紙上にコピーしているのではないかというのだ。
 どんな小さい子の絵であっても,子どもの絵の中には記憶にもとづく物語がある。絵は言葉よりも雄弁で,子どもは絵の中で,その時に持っているすべての感覚を使って内にあるものを表現している。筆者は美術教育の立場から子どもの発達について論じているが,そこには子どもの成長を楽しみに見つめる温かい目があり,子どもの可能性を信じようとする強い信念がある。子どもに関わる多くの大人に,手に取ってほしい一冊だ。

(笹川美季:東京都府中市立図書館,日本図書館協会認定司書第1012号)
 

日本の手仕事をつなぐ旅 うつわ① 久野恵一と民藝の45年

久野恵一著 グラフィック社 2016 ¥2,400(税別)
 
 「民藝」や創始者である柳宗悦の名は知っていても,久野恵一や手仕事フォーラムの活動を知る人はそう多くないだろう。本書は,著者の没後に刊行された『日本の手仕事をつなぐ旅』シリーズの1巻だ。
 学生時代,宮本常一の民俗調査の旅に同行,民藝と出合い,柳宗悦に直接師事した鈴木繁男らの教えを受け,日本民藝館で実践を積む。やがて日本民藝協会役員の地位を捨て,思いを共にする仲間と手仕事文化の継承をめざし「手仕事フォーラム」を設立。1年の大半を日本各地の作り手の指導,手仕事普及のため,車で奔走し続けた。
 本巻は,沖縄,鹿児島,熊本,福岡,大分の五つのやきものの産地のつくり手と,新作民藝品づくりのエピソードが中心となっている。
 継ぐ者がなく手仕事が次々と消えゆく今,各地域でどのような背景で道具が生まれ,現在どんな人が作っているのか,見るべき点はどこか,名伯楽であった著者のアドバイスでどのように器が変化したか,写真付きで紹介する。
 ほぼ著者が執筆・監修を行った『残したい日本の手仕事』(枻出版社 2016),『民藝の教科書』シリーズ(グラフィック社 2014),からも,本書同様,柳の精神を受け継いだ手仕事の数々を知ることができる。著者は「現代の目利き」として唯一無二の存在であったが,こうした出版物から学ぶことができるのは幸せだ。
 優れた手仕事とは,作家性を追求するものでも,芸術品として愛でられるものでもなく,道具として暮らしの中で使われ,毎日を豊かな気持ちで満たすものだと本書は教えてくれる。同時に,使い手である私たちに良いものを見る目が備わり,買い支えることで初めて残っていくものなのだということも。「素晴らしい手仕事の国」を引き継ぐのは私たちなのだ。

(手塚美希:岩手県紫波町図書館)

似ている英語

おかべたかし文 やまでたかし写真 東京書籍 2015 ¥1,300(税別)
 
 日本で暮らしている私たちにとって,外国語の使い分けというのは難しいものだ。それは長い間学んできている英語であっても同じこと。例えば「little」と「small」。どちらも「小さい」という意味を持つが,それらはどう使い分ければ良いのだろう? それとも同じ意味なのだから,気にせず好きな方を使ってもかまわないのだろうか。もちろん,答えは「否」である。日本語にすると「同じ意味」の言葉にも,明確な違いがある。それを,きちんと説明してくれるのが本書である。
 見た目は15×20cmのコンパクトな絵本のよう。そこに,見開きで2枚の写真が並べられていて,それぞれ該当する英単語が添えられている。間違い探しのように2枚の写真を見比べた後にページをめくると,示された二つの言葉の「どこが違うのか」を丁寧に説明してくれる。さらに言葉や写真に関する「うんちく」も添えられていて,最後まで楽しく読み進めることができる。
 ただ,こうした贅沢な作りの本なので,解説されている言葉は38組と少なく,語学の本としては多少物足りない部分はある。それでも「同じ意味」を持つ言葉の違いを考える中で,日本と英米の考え方や文化の違いが垣間見えて非常に興味深い。また,対象となる言葉はアルファベット順に並べられているので,目次などを見て気になったところから読んでいけるのも気楽で楽しい。
 なお,本書は先に出版された『似ていることば』(2014)の姉妹編。私たちになじみ深い日本語の,「同じ読みでありながら異なる意味をもつことば」や「サンデーとパフェ」のように「違いがよくわからないとされるもの」を同様に4ページでわかりやすく解説している。「英語より,まずはなじみ深い日本語で!」という人にはこちらもお薦めだ。

(笠川昭治:神奈川県立湘南高等学校図書館)
 

洲崎球場のポール際 プロ野球の「聖地」に輝いた一瞬の光

森田創著 講談社 2014 ¥1,500(税別)
 
 2017年はプロ野球草創期に東京巨人軍で活躍した伝説の大投手・沢村栄治の生誕100年となる。2015年,初めて沢村投手の試合中の投球映像が発見され,NHK番組でも紹介された。1936年12月11日洲崎球場での東京巨人軍対大阪タイガース,第二回全日本野球選手権優勝決定試合のダイジェスト映像である。この映像を発掘したのが本書の著者森田創氏である。
 洲崎球場?と思われた方も多いだろう。プロ野球リーグが誕生した1936年,現在の東京都江東区新砂に建てられたプロ野球専用球場で,初の日本シリーズといわれる先の優勝決定戦など多くの名勝負が行われながら,1938年6月の公式戦を最後にいつしか消えていった伝説の球場である。
 本書は「球場の仕様,規模,収容人数,解体時期など,あらゆることが謎に包まれた球場」の「謎を解明したい」(p.6)という動機から,著者自身が「地球上にある資料はすべて読破した」と豪語する程に積み重ねた調査の集大成である。そこから描き出される,往時の選手たちのプレーや息づかいに,野球ファンなら必ず胸が躍るはずである。
 しかし本書は決して野球のマニア本ではない。風向き一つで左右されるポール際の打球。同様に洲崎球場のポール際にも「あらゆる運命をもてあそぶ,時代の風が吹いていた」(p.7)。戦争の足音である。洲崎球場で白球を追った選手たちも次々と出征,帰らぬ人となった選手も数多い。沢村栄治もその一人。もちろん生をまっとうした選手も時代に翻弄された。本書ではその一人ひとりの選手の足跡を丹念に追うことによって,たんに野球に収まらず,「時代の風」を伝える上質のスポーツノンフィクションとなっている。
 本書は2015年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞しているが,著者曰く「本は売れなかった」らしい。ぜひ図書館に一冊をと願う。

(仲 明彦:京都府立洛北高等学校図書館)

読んでいない本について堂々と語る方法

ピエール・バイヤール著 大浦康介訳 筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2016 ¥950(税別)

 一冊の本について語るのに最後まで読む必要はない。むしろ全部読まないほうがいい。そんな「えっ!?」と驚くようなことを真剣に,ときにユーモアを交えて論じた本である。
 読まない意義を論じる際,引き合いに出されるのはムージルの長編小説『特性のない男』に登場する司書である。この司書は目録以外,図書館にある本を読もうとしない。本に無関心なのではなく,よりよく知りたいから読まないのである。個々の本に深入りして膨大な書物の海でおぼれないようにするには,全体の見晴らしこそが重要である。著者はこの司書の態度を肯定する。
 本を読まないことに意義があるとしても,読んでもいない本について語ることなどできるのだろうか?決して珍しいことではないという。わたしたちが普段何かの本を話題にするとき,そこで語られるのは記憶の中にある書物の断片に過ぎず,正確な内容などほとんど関係ないからだ。
 日常会話だけではない。本の批評も同じである。オスカー・ワイルドは,ある本について知るには10分もあれば用が足りる,それ以上読むのは批評の妨げになるとまで言い切っている。
 タイトルから想像されるような実用書と違い,本文中には本業の精神分析家らしい難解な概念も登場する。それでも小説を中心とした豊富な実例のおかげで,よく読めば基本的な考え方は理解できる構成になっている。紹介する本を著者自身が読んだかどうかを記号で示した注も面白い(訳者は解説で,やりすぎではと言っているが)。
 2008年に筑摩書房から出た単行本を文庫化したもの。同じく文庫で出ている『本を読む本』(M.J.アドラーほか著 講談社学術文庫 1997)とは対極の位置にある本と言える。二冊いっしょに読んだりするとめまいを起こしそうな気もするが,挑戦する価値はあるだろう。

(乙骨敏夫:前埼玉県立熊谷図書館)

健康で文化的な最低限度の生活(1)

柏木ハルコ著 小学館 2014 ¥552(税別)
 
 自己責任という名の妖怪が徘徊している。その妖怪の名のもとに,憲法で認められた権利さえ蔑ろにし,蹂躪しかねない言論が横行する。言論を取り扱う図書館としても,注目しておくべき現象ではないだろうか。
 さて,生活保護も妖怪がやり玉に上げる対象のひとつだ。本書は新人ケースワーカーの視点から,生活保護に関わる人間を描くマンガである。110世帯を担当する主人公が受給者に接して感じる困惑は,そのまま読者の困惑になる。「生活保護受給者」という概念ではなく,リアルな人間ひとりひとりと向かい合うことから来る困惑である。
 巷間ナイーブに語られがちな「不正受給」について(2巻で)取り上げるが,その言葉から思い浮かぶイメージと,ここでのエピソードとのギャップに虚を突かれる。人が「不正」を働くというのはどういうことなのか,なぜそれが起こりうるのか,想像できないと理解は単純な方向に傾く。人と接する仕事に従事する者にとって,想像力がいかに重要であるかを再認識させられた。
 また,いくつかのエピソードで,経済的困窮が「適切な情報があれば避けることができたもの」として描かれる(法テラスによる債務整理など)。情報提供機関である図書館としては看過できないところだ。「図書館に来てくれていれば,その情報に触れていてくれれば」とも感じるし,情報提供のための準備はできているだろうか,と自問もすることになる。そもそも生活保護受給者にとって図書館が利用しやすいものになっているだろうか,その視野に入っているだろうか,と。
 生活保護が経済のセーフティーネットだとすれば,図書館は知のセーフティーネットで(も)ある。その役割は「人を守る」ことにある,と自覚しておきたい。本書がそのネットの素材の一部たり得ることを確信している。

(大林正智:田原市図書館)

桜がなくなる日 生物の絶滅と多様性を考える

岩槻邦男著 平凡社 2013 ¥760(税別)
 
 この本をなぜ手に取ったかというと,やはりタイトルである。「えっ!桜がなくなっちゃうの?」思わずそう考えた。タイトルは,十分にキャッチーで,読んでみたくなる。そうした動機から,まず本と出会うというのは悪いことではないと思う。
 しかし,この本は,決して「桜がなくなること」を主題としたものではない。「はじめに」を読むとそのことはすぐにわかる。「…分かりやすく日本列島の植物の動態を概観することで,問題の本質について考えるきっかけを提供してみたい。」(p.11)というのだ。「桜」の話題は,全体の5分の1くらいと言ってもよい。
 最初に,秋の七草に数えられているフジバカマとキキョウが,絶滅危惧種のリストに載っていると伝えられる。万葉集の頃から親しまれていた植物がなぜそうなってしまうのか,解説はわかりやすい。これに続いて,「生物多様性」について力を注いで書いている。難解な「生物多様性」という言葉の意味を述べたあと,「生物多様性がもたらしてきたもの」について遺伝子資源と環境問題を背景に説明を加える。しかし,それだけでなく「生物多様性」は,自然と接することによる「人の生き方」に関連している点も多いと力説している。
 ここまで読み進めると「生物多様性」の重要度を伝えることが,この本の最大の目的だということがより鮮明になる。「桜」はそのひとつの材料なのだ。まだ日本の自生種のサクラには絶滅危惧種はないが,未来にわたってそう言えるのか,「サクラの現状だけから想定するのは危険」(p.161)と言う。またこうも言う。「一種でも生存が危うい種があるならば,それは生物圏全体に危機が及んでいることになる。」(p.161)
 著者は植物の多様性についての研究の第一人者。専門的な著作も多いが,新書判のこの本には,幅広い知識に裏付けされた「科学エッセイ」の趣がある。その中に重みのある提言が随所に見える。

(大塚敏高:前神奈川県立図書館)

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

開沼博著 青土社 2011 ¥2,200(税別)
 
 福島第一原子力発電所事故の直後に行われた4月統一地方選挙では原発立地の自治体で安全対策の是非が争点となったが,原発反対派の目立った伸長はみられなかった。反原発運動の高揚もあったが,原発の再稼働の動きも止まらない。あれだけの過酷事故が起きたにもかかわらず,この国は,なぜ脱原発へと舵が切れないのかという疑問を抱え続けていた時に出会ったのが本書だった。
 著者は福島県いわき市出身。3.11(東日本大震災)以前に書いた修士論文をもとに構成されている。主題は「フクシマ」が原子力を受け入れて現在までを「中央と地方」「戦後成長」などをキーワードにして研究したもの。学術論文という地味本ながら,3.11原発事故によって注目を集めた。
 「地方は原子力を通して自動的かつ自発的な服従を見せ,今日に至っている」(p.358)という言葉に私の疑問解決のカギがあった。原発を受け入れたムラは,出稼ぎがなくなり,さまざまな商店ができ,都会をムラに現出させることによって原発は「信心」となっていく。スリーマイル,チェルノブイリ,東海村JCO臨界事故が起きても「出稼ぎ行って,家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんかよりよっぽどいいんじゃないか」(p.112)と「ムラ」の安全を信じてしまう意識構造が原発の維持を支えている。
 地方行政でも,元知事佐藤栄佐久の「原発・プルサーマルの凍結,見直し」に対し,中央からの推進圧力とともに県会議員や原発立地自治体から凍結反対の声が上がる。こうして中央と共鳴しながら自ら持続的に原子力を求めるシステムが強固に構築されていく。
 3.11以降も「原発には動いてもらわないと困るんです」(p.372)と,ある原発労働者は生活の糧としての原発の存続を願う。原発を「抱擁」し続けるこの国の在り様が,若手社会学者によってまざまざと描き出された一冊である。

(秋本 敏:長野県短期大学)
 

ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質 上・下

ナシーム・ニコラス・タレブ著 望月衛訳 ダイヤモンド社 2009 各¥1,800(税別)
 
 大きな地震とともに“想定外”と称された歴史的な事故が日本で起こってから,はや6年がたとうとしている。この6年の月日は被災地に生活の足音と,別の土地にまた新しい災害を無表情に運んできた。規模の大小を問わず,まだ見ぬリスクに対して人々は知識とデータを根拠に予測を試み,未来を想定し,対策を考えている。一度切ってしまった“想定外”というカードを使うことは,もう許してもらえない。
 本書中では,現実的に起こる確率の低い,しかし起こってしまえばとてつもない衝撃を与え,なおかつ想定することが困難な事象を「黒い白鳥」と呼び,いろいろな角度から考えを深めていく。浮き上がってくるテーマは「未知の未知」や「予測の限界」等。私たちが未来の黒い白鳥に対してどう準備すべきかのヒントがあちこちに散りばめられている。ただし,そのヒントはもしかするとわかりづらいかもしれない。地図はあってもナビゲートまではしてくれない。本書においてはそのこと自体にもきちんと意味を持たせている。大災害やテロに限らず,身近なところで私たちの今の環境を大きく変えてしまう事象に,どう向き合っていくのか。拾ったヒントをパズルのように組み合わせていく体験こそが本書の醍醐味である。
 リスクに対する準備というテーマを扱った類書に『最悪のシナリオ 巨大リスクにどこまで備えるのか』(キャス・サンスティーン著 田沢恭子訳 みすず書房 2012)がある。こちらは「1パーセント・ドクトリン」の概念を採用し,主に費用対効果の面からページを進めていくが,2冊を並べることで「ブラック・スワン理論」の輪郭がよりはっきりと浮かび上がる。より多くのヒントを手元に置くために,こちらの本も(少し専門的ではあるが)ぜひお薦めしたい。

(髙橋将人:南相馬市立中央図書館)

本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事

高瀬毅著 文藝春秋 2013 ¥1,850(税別)

 書籍の売り上げが落ちる中,インテリアとしての本に注目が集まっている。「ブックディレクター」幅允孝(はば・よしたか)の元には,病院,レストランなどのほか,本の多彩な魅力に引き付けられたさまざまな企業から依頼が殺到する。
 幅は依頼主の意向に耳を傾けながら,本棚づくりの大体のイメージを練る。その際,書店の一般的なジャンル分けや図書館分類とは異なる視点で「セグメント」化を行う。福岡の美容室を例に挙げると,「装い」「スタイル」「食も大事」「子どもたちへ」「すてきな生き方」などである。そして,一見つながりの薄い本を配置する。
 「ベストセラーも,そうでない本もさりげなく“共存している”」(p.70)棚には押し付けがなく,「本好きが往々にして陥りやすい偏った選書ではなく,多くの人がさまざまなテーマに関心を持てるようなポピュラリティーを持った水準で,専門書からコミックまで集め,それぞれの棚で一つの世界観を作っていく」(p.91)。
 こうした棚づくりの根底にあるのは,どんなものでも等価値とみなす考え方である。幅は上から目線を極力排除しようとしているのである。
 棚づくりの発想そのものはこれまでにもあった。1980年代に一世を風靡した池袋リブロの「今泉棚」や,本文中で紹介されている編集工学者松岡正剛の「松丸本舗」もまた,独自の思想に基づく棚づくりだった。
 出来上がった本棚は三者三様だが,共通点が一つある。三人とも大変な読書家だということである。幅は精読する本だけで,年間300冊におよぶという。広範な読書に支えられなければ,多くの人の共感を呼ぶ棚づくりは不可能なのだろう。
 『リブロが本屋であったころ』(論創社 2011),『松丸本舗主義』(青幻舎 2012)と併せ読むことで,いくつもの貴重なヒントが得られるはずだ。

(乙骨敏夫:前埼玉県立熊谷図書館長)
 

日本の森列伝 自然と人が織りなす物語

米倉久邦著 山と溪谷社 2015 ¥880(税別)

 都会に暮らしているとつい忘れがちになるのだが,「日本の国土は約7割が森林に覆われている」(まえがき)と改めて聞くと「そうだったな」という思いがわく。日本の森林は,北海道の亜寒帯から始まり,冷温帯から暖温帯,そして沖縄は亜熱帯と南北約3,000kmにも連なっている。これによる気候の違いは生育する森林の違いを生み出し,多様な個性あふれる森林を育んでいる。
 そうした森林の中から,「列伝」のタイトル通り北海道北限のブナの森,山形県庄内海岸防砂林,滋賀県比叡山延暦寺の森,沖縄西表島マングローブの森等々と12か所の森林を訪ね,紹介するルポルタージュとなっている。著者は,現在森林インストラクター。そしてフリージャーナリストでもある。森林を訪ねるときの重要な視点として,人と森林との関わりをあげたところにも,この本の大きな特徴がある。
 ジャーナリストの眼を持って森林を歩き,森林に関わった人の話を丁寧に聞き,これまでの歴史的な経緯をも丹念に調べて,読者に考える材料を提供している。例えば,南限とされているトウヒ(北海道のエゾマツとほぼ同じ種)の森が枯れ,白骨林状態になってしまっていることをどうすれば良いかという問題がある。紀伊半島大台ケ原の森林のことだ。ここでは,自然保護団体と環境省との間に,自然観について意見の違いが出ている。著者はこう書いている。「人がどこまで,自然に関与し管理するべきなのか。根本の課題に対する“解”は,これから大台ケ原がたどる歴史がだしてくれるかもしれない。」(p.330)あくまで,読者に考える材料を提供し,一緒に考えようという姿勢を崩さずにいる点に敬意を表したい。
 「ヤマケイ新書」として気軽に手にすることができるが,読み進むうちに重い内容を含んでいることに気づく。日本の森林の今を知ることのできる好著である。

(大塚敏高:元神奈川県立図書館)
 

ブライアン・ウィルソン&ザ・ビーチ・ボーイズ

ポール・ウィリアムズ著 五十嵐正訳 シンコーミュージック 2016 ¥2,300(税別)

 ザ・ビーチ・ボーイズの芸術的成功の頂点とされるアルバムは『ペット・サウンズ』である。それまでの彼らの作品に比べ内省的で,革新的だったそのアルバムは(少なくとも発売当時としては)決して商業的に大成功したとは言えないが,ロックの歴史に彼らの名前を刻むことになった。
 その名盤『ペット・サウンズ』の次に来るべきアルバムが『スマイル』だった。本書はザ・ビーチ・ボーイズの作品としては未完となった『スマイル』がいかにして失われ,そして違う形で再び光を浴びたかを,約40年にわたって追い続けたロック評論家の物語である。
 幻の傑作の断片に出会った評論家は,その断片の周りを回り続け,併走し続ける。その振る舞いを読み進むうちに読者は,ビーチ・ボーイズの中心人物であるブライアン・ウィルソンという人間とともに,著者のポール・ウィリアムズに関心を向け始める。いったいこの男はなぜこんなに『スマイル』にこだわり続けるのか,と。そしてその疑問は次の疑問へと連なる。それほどまでにこの男を執着させる『スマイル』とはどんな著作物だったのか,と。
 著作物が生み出され,受け手に届くまでの流れの中に評論家の仕事はある。図書館員の仕事(の一部)も同様である。生成から評価まで,時として想像を絶する時間を必要とするその流れの中で,どうしたら本当に著作物を「届ける」ことができるのか。
 「ザ・ビーチ・ボーイズについての本はありますか」と問われたら,検索して手渡すことは容易である。ただその本を本当に必要とする人に「届ける」ためには,どれだけの知恵と工夫,そして情熱(もしかしたら執念)が必要になるのだろう,と考えさせられてしまう一冊である。

(大林正智:田原市図書館)

トップに戻る
公益社団法人日本図書館協会
〒104-0033 東京都中央区新川1-11-14
TEL:03-3523-0811 FAX:03-3523-0841