令和6(2024)年能登半島地震について

この度、地震により亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
また、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げ、一日も早く平穏な日々に戻る事をご祈念申し上げます。
日本図書館協会及び図書館災害対策委員会も微力ではありますが、支援を模索し、対応してまいります。
被災情報並びにお困り事がありましたら、メールにてご一報いただければ幸いです。
saigai★jla.or.jp
(★を半角@に換えてください。)








捜査機関から「照会」があったとき

・『図書館の自由』第89号(2015年8月)の記事をサイトにも掲載しましたが(2017/3/10)、再構成し、関連文献や類似事例の解説を加えました(2018/5/21掲載)。
・「令状主義」の原則について解説をさらに加えました(2019/7/3掲載)。
・2.(4)に警察庁通達の内容について加え、また(6)捜査関係事項照会対応ガイドライン(JILIS)を加えました(2022/2/4掲載)。


はじめに

 「図書館の自由に関する宣言」では、「令状主義」-憲法第35条にもとづく令状を確認した場合以外は利用者の読書事実を外部に漏らさない-を原則としています。
 民間ポイントカード会社が捜査機関からの「照会」に応じていたことが問題となったとき、2019年1月23日の衆議院法務委員会において、国立国会図書館総務部長は次のように明確に答弁しています。
 「国立国会図書館では、令状なしの利用履歴の提供に応じたことはございません。今後も同様でございます。これは、利用した資料名等の利用履歴は、利用者の思想信条を推知し得るものであり、その取扱いには特に配慮を要するものであります。国立国会図書館は、個人情報保護及び国会職員としての守秘義務等の観点から、裁判官が発付する令状がなければ情報の提供はいたしておりません。」(『衆議院会議録』第197回国会法務委員会第10号 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000419720190123010.htm

 ところが、2011年に実施した「図書館の自由に関する全国公立図書館調査」で、捜査機関からの貸出記録等の照会を受けたことのある館は192館(945館のうち20.3%)でした。うち提供した館が113館(58.9%)となっています。
 捜査機関から照会を受けるデータとしては、貸出記録、登録の事実と内容や登録年月日、最終貸出年月日などのほか、複写申込書、インターネット端末利用申込書、レファレンス記録、防犯カメラの画像などがあります。また、図書館システムへのアクセスログやインターネット端末から特定urlにアクセスした利用者のログ、図書館のイベントの参加者名簿、登録ボランティア団体の構成員の名簿などに及ぶこともあります。
 窓口で、突然、警察手帳を出されて、「捜査関係事項照会書」と書かれた文書を見せられて、びっくりした経験はないですか。電話で、生年月日と名前を告げて、その人が現在借りている資料名を教えてほしいと言われたことはないですか。あるいは、理由も告げず、突然、資料の番号を読み上げて、それを借りている人を教えてほしいと言われたことはないですか。

 このようなとき、「令状主義」の原則を踏まえたうえで、図書館の自由の観点から確認しておくとよいことを、
1.窓口での初動対応
2.考え方の整理
3.類似事例
4.関連文献に分けてまとめてみました。
 あわせて、最近は防犯カメラの映像を求められる事例が増えているようですが、
5.図書館の防犯カメラについても考え方をまとめてみました。


1.窓口での初動対応

 まず、捜査機関から初めて接触があったときは、
(1)客観的に聞き取り、
(2)求められるデータ内容・範囲の確認、図書館の基本的立場を提示する必要があります。


(1)客観的に聞き取る

 受付窓口での対応であれ電話での対応であれ、必要なことは、まず客観的に申入れの内容を聞き取って記録することです。
 捜査機関を恐れることはありませんし、必要以上に身構える必要もありません。何も警察や検察と対決するわけではありません。初動段階では、お互いの立場にたって、必要なことを確認しあうことが基本です。お互いの意識の落差がおそらくあります。でもそれは、対決したり喧嘩をするということではありません。お互いの立場の違いがある者同士が調整をしあうのが私たちの社会の普通の状態です。


(2)求められるデータ内容・範囲の確認、図書館の基本的立場を提示

 捜査機関では広めに証拠を集めるのがいわゆる「裏付け捜査」の基本です。それが通常の捜査手順の一環であるためか、警察手帳の提示だけで包括的・一括的なデータの提出を図書館に求めがちです。たとえば、「〇年〇月○日の複写請求書全部」「〇年〇月○日のインターネット端末の利用申込み記録全部」「どこそこのプロバイダーのメールアドレスを登録している利用者全部の個人情報」といった要求です。
 図書館としては、守秘義務があること、法的手続きを経ずにデータを公開することはできないこと、また法的手続きを経た場合でも必ずしもデータの公開が約束できないことを説明します。そのうえで、何のために、どのデータを必要としているのかを限定する方向で要求を整理していきましょう。こうした調整を通じて状況を把握して整理し、図書館の立場・考え方の基本を落ち着いて提示していくことが大事です。
 そのさい、「捜査関係事項照会書」さえ提出されれば求められたデータを開示する、という誤解が発生しないように注意深く調整を進めましょう。
 こうした客観的で原則的な対応だけで、捜査機関からのデータ提出要請が撤回される例もあります。


2.考え方の整理

(1)基本

 まず、『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説 第2版』の、「第3 図書館は利用者の秘密を守る」(34~40頁)の項目を参照してください。
 図書館のもつデータのうち、利用者の氏名や住所、利用事実、読書事実やレファレンス記録、複写記録などは利用者のプライバシーに属することで、本人の同意なく目的外に使用することはできません。例外として憲法第35条に基づく令状を確認した場合があげられますが、同書の39頁では以下のように解説しています。
 「表現の自由・思想の自由にかかわる機関としての図書館は、なによりも読者のプライバシーをはじめとする基本的人権を最大限に擁護することを優先すべきであり、公務所であるからといって法の保護するところを越えてまで協力する必要はないという立場を明確にしておきたい。」


(2)捜査関係事項照会書への対応は図書館で判断する

 『同上書』「法令との関係」(39頁)にあるように、刑事訴訟法第197条第2項は「捜査に関し公務所への照会」ができることを規定しているが、照会に応じなかった場合の罰則規定はないことがわかります。合理的な理由(正当な理由)がないときは照会に応じる義務があると解されていますが、公務員の守秘義務は正当な理由となります。この「職務上知り得た秘密」は、「公務員がひろくその担当する職務を行ううえでしることのできた行政の客体側の個人的秘密をも含む」とされています(渡辺重夫「図書館利用記録とプライバシー」(『知る自由の保障と図書館』102頁)参照)。
 単純に言えば、「警察からの照会に緊急性が認められるか否か図書館で判断する。緊急性がなければ、照会状による提供は断る。警察はそれでも情報がほしければ、捜索差押令状を裁判所に請求して出してくる(任意捜査から強制捜査に)。」ということになります。
 捜査機関は1~2日で裁判所から捜索差押許可状を得ることができます。照会に応じるのは、
・その余裕がなく、
・他に代替方法がなく、
・人の生命、財産等の危険が明白に認められる場合、
に限定されるべきです。


(3)個人情報保護法制との関連

 個人情報保護法では、利用目的外の第三者に開示する場合は本人の承諾が必要ですが、「法令に基づく場合」(第8条第1項)、利用目的以外の利用提供の原則禁止から除外しています。ただし、これについて総務省は、「利用目的以外の利用・提供をし得るとするものであり、本項により利用・提供が義務付けられるものではありません。実際に利用・提供することの適否については、それぞれの法令の趣旨に沿って適切に判断される必要があります。」としています。
 総務省サイト「行政機関・独立行政法人等における個人情報の保護」より「個人情報の適正な取扱い」Q5-7(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/question05.html#5-7)を参照してください。


(4)警察庁の考え方

 一方、警察庁の内部通達ではプライバシー保護と逆方向の考え方を示していますが、これについて図書館の自由の観点からの考え方を、「捜査関係事項照会について」(こらむ図書館の自由)『図書館雑誌』vol.109,no7(2015年7月)に示しています。http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/jiyu/column05.html#201507
 すなわち、警察庁通達「捜査関係事項照会書の適正な運用について」(平成31年3月27日付け警察庁丁刑企発第49号等 初出:平成11年12月7日付け警察庁丁刑企発第211号等)は、捜査関係事項照会について「公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、回答を拒否できない」としています。これに対し、各自治体の個人情報保護条例の解説では、個別具体に判断するとしているものもあります。ここでは、捜査関係事項照会への対応の原則は、地公法第34条に規定する守秘義務よりも重大な公益上の必要が認められるときに限られると解釈されているのです。照会が来たときにあわてないように、例規の解釈に関して自治体の法規担当部署との意思疎通を図っておくことが必要でしょう。
  また、回答の内容について、同じく警察庁通達では、「本照会は、あくまで捜査のための必要な『報告』の要求であることから、直接帳簿、書類等(謄本を含む)の提出を求めることは本条を根拠としてはできない」としています。これに続けて、「ただし、公務所等が自発的に謄本等を提出して報告に代えることは何ら差し支えない」と付記してはいますが、捜査関係事項照会によって書類やデータそのものの提出を公務所に求めることはできないということを、警察庁自らが明確に示しています。照会に対する回答において、利用申込書などの書類や防犯カメラの画像データなどをあえて提出する必要はないのです。


(5)「照会」に応じた場合、応じない場合のリスク

 なお、弁護士法23条による照会については、照会に応じた場合、応じない場合それぞれについて損害賠償請求にかかる最高裁判例があります(次項参照)。
 関連して、平成13年第151国会では「弁護士法第二三条の二に基づく照会に関する質問主意書」に対して、「秘密に該当する事項を開示することが正当視されるような特段の事由が認められない限り、秘密を漏らした者は地方公務員法第六十条又は地方税法第二十二条に規定する刑罰の対象となることから、照会に応じて当該事項を報告することは許されないものと解している。」との答弁書(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b151033.htm)が出ています。
 捜査機関からの照会についても同様に、個々の具体的事案毎に、守秘義務により守られるべき公益と回答することにより得られるべき利益とを比較衡量して対応しないと、損害賠償責任を負うリスクがあるということになります。


(6)捜査関係事項照会対応ガイドライン(JILIS)

 一般財団法人情報法制研究所(JILIS)は2020年4月11日に「捜査関係事項照会対応ガイドライン」を公表しました。
https://www.jilis.org/proposal/data/sousa_guideline/sousa_guideline_v1.pdf  このガイドラインは、事業者における捜査機関との対応に必要となる基本的な考え方を定めることにより,運用指針の明確化を図ることを目的とし、捜査関係事項照会制度の概要、照会をうけたときの対応について判断基準を示し、体制整備についても述べています。
 「図書館の貸出履歴」の項目では、図書館が国民の知る権利の保障に資するものであり、図書館における貸出履歴等が利用者の思想信条を推知し得るものであるところから、図書館に対し捜査関係事項照会がなされた場合はより慎重な判断がなされるべきであるとしています。
 各図書館で、基本的な考え方を整理して体制を整備するために参照してください。

3.類似事例

 類似の事例として、弁護士法23条の2による弁護士会からの照会、民事訴訟法186条に基づく調査嘱託によってデータ提供を要請される場合があります。いずれも、個人情報の保護に関する法律等で、本人の同意がなくても第三者に情報を提供できる場合として規定されている「法令に基づく場合」に該当すると考えられますが、図書館としての考え方の基本は捜査機関からの照会についてと同様です。


(1)弁護士会照会

 弁護士会照会とは、弁護士法第23条の2に基づき、弁護士会が、官公庁や企業などの団体に対して必要事項を調査・照会する制度で、弁護士会がその必要性と相当性について審査を行った上で照会を行う仕組みになっています。法律で規定されている制度であり、原則として回答・報告する義務がある(広島高等裁判所岡山支部平成12年5月25日判決、大阪高等裁判所平成19年1月30日判決など)とされますが、照会を受けた側に回答を拒否する正当な理由がある場合には、義務を免れると考えられています。
 図書館は「利用者の秘密を守る」という正当な理由により提供を拒否することはできるでしょう。提供依頼されている理由と利用者の秘密保護について館として比較考量するために、その情報がどういう事案で必要とされているかについて弁護士会に尋ねることも可能なようです。
 なお、回答した場合の損害賠償について、前科照会事件において照会に応じた自治体に損害賠償責任が認められましたが(最高裁第三小法廷昭和56年4月14日判決 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=56331 )、その後の判例で、弁護士会照会制度の公共性から、照会書等によって照会を必要とする事情と照会を行うことの相当性が認められる場合には、回答をした方は不法行為責任を負わず、本人から請求された損害賠償について支払う必要はないものと判断されています(広島高裁岡山支部平成12年5月25日判決、鳥取地裁平成28年3月11日判決)。
 また、報告を拒絶した場合の損害賠償について、弁護士会が報告を拒絶した照会先に対し不法行為に基づく損害賠償を求めた事案において、同行為が当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないとして、弁護士会の賠償請求を棄却した事例もあります(最高裁第三小法廷平成28年10月18日判決 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86198)。なお、この事案では弁護士会照会に対して報告拒絶をした照会先に対する弁護士会からの報告義務確認請求を却下する判決(最高裁第2 小法廷平成30年12月21日判決 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88205)があり、これに対して日弁連では「弁護士会照会に対する報告義務の有無について報告義務の確認を求めることはできないと判断した最高裁判決についての会長談話」(2018年12月21日 https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2018/181221.html)を公表しています。)。
 日本弁護士連合会のサイトにわかりやすい説明がありますので参照してください。
https://www.nichibenren.or.jp/activity/improvement/shokai.html


(2)調査嘱託

 民事訴訟法186条に基づく調査嘱託とは、民事裁判の当事者が事実認定の証拠資料を得るために、裁判所が公私の団体に対して調査・報告を求める制度で、刑訴法197条2項の捜査関係事項照会と同様、報告を拒否しても罰則や制裁はありません。なお、裁判・決定を要する文書提出命令制度(同法223条「裁判所は、文書提出命令の申立てを理由があると認めるときは、決定で、文書の所持者に対し、その提出を命ずる」)がありますから、裁判所は必要なデータを入手するためには、簡易な情報提供依頼でなくきちんと命令によるべきではないでしょうか。
 調査嘱託の事例については、「図書館の法律顧問-「調査嘱託」の事例から」(こらむ図書館の自由)『図書館雑誌』Vol.108,No.5(2014.5)に紹介しています。
http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/jiyu/column05.html#201405
 こらむで紹介している事例の場合、調査内容が特定個人の読書事実ですから、本人承諾のない第三者開示は行うべきではないでしょう。しかし、ある企業が顧客情報の報告を拒否したところ調査申請者が提訴し、東京高裁は「正当な理由がなく報告を拒否した場合は調査申請者への損害賠償責任が生じうる」とした事例もありますから、図書館は自治体の法務担当に自由宣言を日頃から知ってもらっておくことが大切です。


4.関連文献

 これまでの事例を振り返ると、照会書による捜査が利用者のプライバシー保護と衝突した初めてのケースは、1975年「警視庁の係官による都立中央図書館の複写申込書閲覧」でした(『図書館の自由に関する事例33選』149~152頁)。ついで1986年「グリコ森永事件・深川幼児誘拐事件に関連する国立国会図書館の利用記録に対する警察の捜査」(『同上書』153~160頁)が大きな注目を浴びました。
 『図書館は利用者の秘密を守る』(図書館と自由第9集)の中では、渡辺重夫「図書館利用者のプライバシーの権利-図書館に対する捜査機関の介入との関連で」(100頁~)、福地明人「刑事訴訟法第197条二項をめぐって」(126頁~)、久岡康成「刑事司法と「利用者の秘密を守る」図書館の責務-捜査への協力は不可避か」(135頁~)の項目で、捜査機関からの照会について詳しく論じています。
 また、地下鉄サリン事件に係る国立国会図書館利用記録押収事件をきっかけに開催したセミナー記録「図書館利用者の秘密と犯罪捜査」を『現代の図書館』Vol.34 No.1(1996.3)の40~57頁に掲載しています。
 『図書館と法』の第10章「図書館とプライバシーの保護」(176~178頁)にも、簡潔な解説がありますのでご確認ください。『知る自由の保障と図書館』では、渡辺重夫「図書館利用記録とプライバシー」(75~121頁)では令状主義の保障についても問題提起しています。


5.図書館の防犯カメラについて

 最近は、図書館内での事件にかかわって防犯カメラの映像の提供を求められる事例があります。
 図書館に防犯カメラを設置する場合、録画記録は利用事実に関わるプライバシー情報を含むことになりますから、設置の根拠や目的、利用者への周知、記録の取り扱いを含めた運用方法等について慎重な検討をして、運用基準を利用者に公開する必要があります。
 その際、
・設置目的が犯罪やいたずらの予防であったとしても、利用者の肖像権や個人情報保護を配慮しましょう。
・設置場所、設置数、撮影範囲は目的達成のために必要最低限にとどめ、設置の事実をきちんと明示しましょう。
・管理責任者、職員の秘密保持義務を確認しましょう。
・録画する場合は、録画記録データの保存期間、第三者への提供制限について定めましょう。
 思想・信条等の機微な情報を扱う図書館ですから、自治体の個人情報保護条例に依拠するにとどまらず、保存期間を短く設定したり、目的外利用や第三者提供について、「憲法第35条に基づく令状を確認した場合」に限る、などの厳格な運用基準を定める事例もあります。
 「図書館と防犯カメラ-図書館にふさわしい運用基準を」(こらむ図書館の自由)『図書館雑誌』Vol.109,No.1(2015.1)も参照してください。
http://www.jla.or.jp/Portals/0/data/iinkai/jiyu/column05.html#201501

トップに戻る
公益社団法人日本図書館協会
〒104-0033 東京都中央区新川1-11-14
TEL:03-3523-0811 FAX:03-3523-0841