この度の記録的大雨等で被災された皆様、新型コロナウイルス感染症により影響を受けられている方々に心よりお見舞い申し上げます。早期に健やな日常が戻りますよう祈念申し上げます。
 
新型コロナウイルス関連情報のページ 


図書館災害対策委員会のページ

こらむ図書館の自由111巻(2017)-

Vol.116,No.1(2022.01)

図書館への捜査関係事項照会に対する札幌弁護士会の取り組みに学ぶ(熊野清子)(予定)

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Vol.115,No.12(2021.12)

時期を経て再検討するということ(佐藤眞一)

次号発行ごろに掲載します。

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Vol.115,No.11(2021.11)

医療情報とフェイクニュース(天谷真彦)

 近年,災害等の発生に伴うフェイクニュースの流布が問題となっている。COVID-19に関して当初からさまざまな憶測が飛び交い,ワクチン接種についても真偽の不確かな情報を目にする。パンデミックを含む災害時において真偽不明の情報拡散は人命に危険を及ぼす可能性が高い。フェイクニュースの発信は,名誉毀損・信用毀損・偽計業務妨害のほか,せん動罪等の適用があり得る。
 国際図書館連盟(IFLA)は,情報の氾濫「インフォデミック(infodemic)」を受けて2017年に公表した「偽ニュースを見極めるには」を2020年4月に改訂しCOVID-19版とした。項目の中には,情報の専門家として「図書館司書に訊いてみる」ことが挙げられている。図書館は知る自由を保障する専門的機関である。利用者の求めに応じて,根拠の確かな情報を提供することはサービスの基本である。
 他方,根拠のない資料であっても制限を設けず利用に供せられるべきである。図書館は「問題が指摘されている資料こそ,国民が自ら判断することができるように,提供する義務を負っている」からである(『図書館の自由に関する事例集』「『こんな治療法もある』の提供問題」p.49)。なお,司法判断が行われた医療関連書として『歯科・インプラントは悪魔のささやき』(名誉毀損),『即効性アガリクスで末期ガン消滅!』(薬事法違反)等がある。
 国連は2020年9月,正確な情報を発信し,デマと誤情報の蔓延を防ぐための対策をさらに強化するよう各国に求めた。他国では「フェイクニュース禁止法」による出版規制を実施している事例もあるというが,過剰な規制は感染防止の名を借りた権力による自由の弾圧であるとする見方もある。
 筆者の勤務先では,市の健康推進部署や地域の医療機関と協力してコーナーを設置し,信頼できる医療情報の提供に努めている。利用者が求めるあらゆる図書館資料を提供することと,エビデンスのある情報を提供することはいずれも重要な図書館のサービスである。
(あまたに まさひこ:JLA図書館の自由委員会,守山市立図書館)

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Vol.115,No.10(2021.10)

著作権法第31条と学校図書館 -子どもたちの日常的な学びを保障するために(松井正英)

 今年5月,著作権法第31条について,図書館等が一定の条件下で利用者に資料の公衆送信ができるよう改正された(6月に公布され,これに関する措置については2年以内に施行される)。ただ,学校図書館は31条における「図書館等」に含まれておらず,そもそもこの条項による複製すらできない。今回の改正の際,文化審議会著作権分科会のワーキングチームの審議過程で,「図書館等」に学校図書館を追加すべきという意見が複数あり,報告書にも「早急に適切な対応がなされることを期待する」と記された。
 現在,学校は35条で,「授業の過程における利用に供することを目的とする場合には」,授業者や授業を受ける児童生徒が必要な限度内で複製したり,補償金の支払いを前提に公衆送信したりすることが認められている。当然,この過程で学校図書館の資料も利用されている。
 けれども,子どもたちは「授業の過程」だけで学んでいるわけではない。通学路で見つけた虫や草花,話題になっている社会問題など,日常生活の中で知りたいと思った疑問を抱えて,学校の図書館にやってくる。課題を見つけ,解決する力を本当の意味で身につけるには,授業だけでなく,こうした自発的でまさに「主体的な」学びも大切にしなければならない。それなのに,こうした日常的な学びで複製の要求があっても,31条でも35条でも対応できないのだ。
 一部には,35条の「授業の過程」を「教育活動」に改正することで対応すべきとの意見があるが,ただでさえ著作権を広範に制限している内容を,さらに拡大することは現実的でない。むしろ,31条に規定された範囲内で複製することで,子どもたちの著作権に対する意識を育みながら,知る自由と多様な学びを保障することができるのではないだろうか。
 もちろん,司書有資格者がいないなど,31条による対応が困難な学校図書館が少なくないのも事実である。一方で,環境が整っている学校図書館もある。学校側の条件が整えばいつでも実施できるように,法的な整備をしておくことが必要である。
(まつい まさひで:JLA図書館の自由委員会,長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校図書館)

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Vol.115,No.9(2021.09)

電子書籍の導入と図書館システムのパスワード管理(奥野吉宏)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,通常の図書館サービスが制限される状況が続く中で,公共図書館では電子書籍の閲覧サービスの導入が広がっている。しかし,導入事例を見ると,利用者の電子書籍システムへのログイン方法に課題のある図書館も見うけられる。図書館システムの制約によると思われるが,電子書籍を利用するためには,最初に図書館のカウンターでパスワードの発行が必要という図書館の話も聞く。
 そもそも,図書館のWebサービス(予約・貸出延長等)を利用する際のパスワードは,来館での交付のみとする図書館がある一方で,あらかじめ簡単な初期設定がされている例も見られる。
 図書館システムのパスワードについては,JLAに時限付き委員会として設置された「図書館システムのデータ移行問題検討会」が開催した学習会「図書館システム個人パスワードの管理と移行の課題」において,講師のカーリル・吉本龍司氏から,現状の課題整理と今後の方向性の提案をいただき,JLA Booklet『図書館システムのデータ移行問題検討会報告書』の中でまとめさせていただいた。
 この中では,図書館のパスワード管理の脆弱性の影響が,図書館外にも及ぶことを指摘されている。一方で,今後の提案では,電子書籍等の導入も意識した,より安全で利用しやすいパスワード管理の提案もなされている。
 パスワードについては,「デジタルネットワーク環境における図書館利用のプライバシー保護ガイドライン」でも述べているほか,本誌2020年12月号にも,検討会委員であった米田渉氏の「パスワードの安全性を高め,図書館システムが変わっても移行できるようにする提案」が掲載されている。
 新型コロナウイルスへの対応は,これからもしばらく続くと思われることから,サービスの見直しは急務である。図書館システムも,安全性や図書館の自由を守りながら,求められるサービス・機能を実現することが早急に求められている。
(おくの よしひろ:JLA図書館の自由委員会,京都府立図書館)

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Vol.115,No.8(2021.08)

公共図書館システムの「マイページ」と貸出記録(奥野吉宏)

 最近の公共図書館システムは,インターネットでのサービスが「マイページ」と呼ばれるページにまとめられ,今度借りたい本の記録やSDI(新着図書お知らせ)サービスの設定などが一括してできるようになっている。そして,借りた本の履歴をマイページ内に保存するサービスも,提供されつつある。
 この貸出記録の保存データについては,図書館システムのデータ移行問題検討会でも検討されていない内容であり,データ保存形式の標準化はなされていない状況である。そのため,システム更新を行った際,特にベンダーが変更になった際にデータの移行ができるのかという課題がある。
 一方,「デジタルネットワーク環境における図書館利用のプライバシー保護ガイドライン」で述べているとおり,貸出記録の保存はオプトイン方式にしなければならない。また,「ガイドライン」は「貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準」で対応できない部分を補うものである。そして,「基準」では,「資料が返却されたらできるだけすみやかに消去しなければならない。」としている。このことから,図書館システム内に長期間貸出記録を保存することについては,慎重に検討する必要があると考える。
 また,図書館の自由委員会では,『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説』第2版の改訂を進めており,全国図書館大会三重大会では,「貸出記録の保護」の項目の増補文案を示した。そこでは,「(貸出)履歴の情報を図書館側で保持するのではなく,利用者が一定期間自由に出力できる機能を,システムに持たせること等も検討するべきである。」と述べている。
 実際に,貸出履歴のデータを,図書館システム外のアプリに持たせることを実現させている図書館も見受けられる。また,文献管理ソフトといった,類似の機能をもったアプリ等も利用されつつある。そして今後は,一つのアプリに,複数の図書館の貸出履歴を取り込むことができるよう,標準化を検討していくべきである。
 このように,図書館の貸出記録は図書館が保存するのではなく,利用者自身が取捨選択して必要なものだけ保持することができる方式を広く検討すべきであり,またその標準化を検討する組織のあり方も課題である。
(おくの よしひろ:JLA図書館の自由委員会,京都府立図書館)

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Vol.115,No.7(2021.07)

COVID-19と図書館と入館記録(子安伸枝)

2020年3月,学校が休校になると,COVID-19が急に身近に,脅威になった。とんでもないことが起きている,この状況をなんとか見届けたいと思い,saveMLAKが実施するCOVID-19の影響による図書館動向調査に参加し始めた。この調査では,全国の公共図書館・読書施設の開閉館状況等をウェブサイトの情報をもとに調べている。調査対象館数は1728館,都道府県・市町村の97%を網羅している。2020年4月から始まり,2021年5月31日時点で第19回実施した。
 この調査で私が注目したのは入館記録の取得状況だった。私の勤務館は図書館ではないが,日本図書館協会の「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を参考に対応を行い,入館記録も取っている。全国の図書館はどうかが気になった。入館記録を取る図書館は2020年5月14日の時点で32館だったが,6月6日には290館,8月29日には395館となり,その後は微減し,2021年5月31日時点では278館となっている。
 濃厚接触者の定義はいくつかあるが,図書館で想定されるのは「手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)で,必要な感染予防策(マスクなど)なしで15分以上接触があった人」だろうと考える。マスクや手洗いを促し,利用時間や利用できるサービスを制限する中で,濃厚接触者に該当する利用者はどれだけいるだろうか?
 上記ガイドラインも2021年2月に3回目の改訂がされた。また,接触感染のリスクについて,CDCは2021年4月5日,新型コロナウイルスによる接触感染のリスクは10,000分の 1 未満と発表している。
 各館のウェブサイトを見ていくと,僅かではあるが,入館記録をやめると明示する図書館や,取らないと宣言する図書館もある。感染拡大の状況やリスク評価の変化も踏まえつつ,現在自館で行っている取組みが感染症対策として効果的なものか,再点検する機会が必要ではないだろうか。
(参考)Science Brief: SARS-CoV-2 and Surface (Fomite) Transmission for Indoor Community Environments
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/science-and-research/surface-transmission.html
(こやす のぶえ:JLA自由委員会,千葉県文書館)

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Vol.115,No.6(2021.06)

コロナ禍での図書館の役割を果たしてほしい(西河内靖泰)

 2020年の初めから全世界に流行している新型コロナウィルス感染症は収まるどころか,様々な変異株が出てきて広がり続け,事態は一層深刻化している。第4波の流行拡大で,4月25日に5月11日まで,3回目の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が東京・京都・大阪・兵庫の4都府県に発令され,5月7日には愛知・福岡の追加と5月末までの延長が決定された。人の流れの抑制のため,不要不急の外出や都道府県間の移動自粛,大型商業施設の休業などの要請が行われている。
 図書館については,休止要請をしない施設として適切な入場整理が要請されているが,休館を選択するところも出た。
 当初発令された4都府県は,東京で57自治体中35が休館し,都立は来館サービスを中止,京都は21自治体中9館が休館し,京都府立は開館,大阪では38自治体中34が休館し,大阪府立も休館,兵庫では38自治体中5が休館し,兵庫県立は開館している。東京,大阪では,多くの市町村が休館しているが,休館でもメールや電話でのレファレンス・複写の受付を実施する館もあり,予約本の貸出を半数の館で実施している。
 開館時間の短縮や閲覧席などの利用制限,滞在時間を短くするなどの工夫をして開館を続けている館もある。地域の事情があるから休館を一概に否定はしないが,休館を選択しても図書館の本来の役割を忘れないでほしい。
 図書館は人びとの知る自由を保障するための存在である。休館してその役目を果たせるのだろうか。感染症法は,国と自治体に感染症に関する正しい知識の普及に努めることを責務としている。さらに「正しい知識を身に付けることは国民自身の責任である」とする。このコロナ禍において,図書館は適確な情報を人びとに提供できる存在のはずだ。図書館は,この法が求めることを活かすような働きをしてほしい。人びとに資料や情報を提供するという,図書館の本来の役割を果たすための仕事をしてほしいのだ。
(にしごうち やすひろ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.115,No.5(2021.05)

電子図書館-市民の知る自由に応えるために(伊沢ユキエ)

 最近,公共図書館での電子書籍の貸出サービス開始のニュースを頻繁に目にする。電子出版制作・流通協議会では4半期に一度電子図書館の導入状況を調査し公表している。その報告では,2021年1月現在143自治体で導入,うち2020年に入ってからの増加は53件,さらに40を越える自治体でサービスが検討されているという。
 昨年の春は,多くの図書館が臨時休館する中でWebを利用してのサービス,郵送での配本など来館しなくてもできることを模索した。電子図書館の急激な増加は,コロナ禍でのひとつの選択である。新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金を活用した例もあろう。緊急事態宣言の時期には,電子図書館への登録に図書館カード所持を必須とする館でも,図書館を使っていない市民でも臨時に登録可能にした館もあった。導入は,視覚障害者や来館困難者への読書の支援にもつながり,外国語の本も購入しやすいことから外国につながる子どもたちへの提供などもできる。自館作成のデジタル資料も同時に提供することでサービス拡大の可能性は高い。
 しかし,利用状況が電子図書館システムを提供する事業者側に残りうるという問題とともに,利用者の知的自由を保障するコンテンツを提供できているかという課題も大きい。予算不足で契約更新できなくなる,事業者が提供をやめるなど,これまで読めていた資料が突然読めなくなることもある。電子書籍は,契約した事業者の提供するリストで選書することになるのだが,提供されるリストは,オンライン書店で見る新刊に追いついていない。もしまた休館になったときに,多様な調査研究には応えられるのだろうか。電子図書館サービスが始まった10年前から指摘されている状況は変わらないようにも見える。
 公共図書館が,利用者の「知る」に足る電子書籍を増やしていくためには,まだ,保存やライセンス契約の壁も大きい。今後,提供されるコンテンツが充実することを期待したい。勤務館でも3月にサービスを始めたが,電子図書館を公共図書館サービスの中にどう位置づけ,どう展開していくのかはこれからである。
(いざわ ゆきえ:JLA図書館の自由委員会,横浜市中央図書館)

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Vol.115,No.4(2021.04)

「#わきまえない図書館員」から「#弁えた図書館員」へ(村岡和彦)

 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という発言から要人が職を辞す事象があった。弁明の中で「わきまえる」という表現も出たことを受けて,該当の女性理事は「空気は読むが,必要なことは発言する」と述べ,SNSでは「#わきまえない女」というハッシュタグも現れた。
 歴史を振り返ると「図書館の自由に関する宣言」も「#わきまえない図書館員」たちの歩みだった。1954年には「雉も鳴かずば撃たれまいに」という館界重鎮の「配慮」を押して採択された。1979年改訂作業は,首長視察に際して管理職が独断で「反戦」などのタイトルを持つ数十冊の図書を隠したという事実を現場図書館員が指摘することから始まった。
 個人が事実に即して状況を客観的に見つめ自主的に判断し行動すること,つまり物事の理非を「弁える」力とそれに基づく行動は民主社会の基本だ。「図書館の自由」の基盤もそこにある。公的機関の判断であるなら公共性や透明性とも不可分となる。先の要人発言の「わきまえる」は権威への「忖度」を意味し,「忖度社会」の弊害が女性差別という局面で露出したものと言える。世論の要人批判は「図書館の自由」の原則から見ても自然な動きだ。
 ところで図書館員にとって「反戦」をうたう資料の扱いの基本は既に示されている。「#わきまえない図書館員」であれば良い。もっとも「人権侵害」と指摘される資料については,論点・観点が多様となる。<支配⇔被支配>関係だけなら単純だが,権力を持たない者同士でも人権侵害はしばしば生じる。犯罪者はその罪を問われるべきだが,その著書の出版を禁止されるべきではない。ただ,特に残忍な犯罪であったり,被害者が幼児など弱者であれば世論は大きく割れ,個々の図書館員の「弁える」力が問われることとなる。
 もちろん人権侵害も資料隠しも避けなくてはならない。そこで問われるのは,多様な要素を「弁え」つつ資料提供を続ける,図書館員の認識力と説明力だろう。
(むらおか かずひこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.115,No.3(2021.03)

コロナ禍における図書館の責任(平形ひろみ)

 2020年4月,新型コロナウィルスの感染拡大のため図書館が休館中に仕事で必要な本を求め大型書店を回ったが,いずれもひどく混雑していた。今思うと3密状態,レジ前には間隔をあけた沈黙の長い行列ができていた。東日本大震災の後の書店の再開情景が蘇る。あの時は入口近くの中央に吉村昭の『三陸海岸大津波』が山のように積まれていた。今回,どこの書店でも目についたのはカミュの『ペスト』をはじめとする感染症関連本のコーナーだった。本を求める人がこんなにいる。そして,非常時だからこそ届けたい本を並べる書店員がいる。図書館はどうだろう。こんな時だからこそ,図書館の存在意義が問われている。再開までの間,もどかしい思いの図書館員も多かっただろう。
 5月頃には,開館する図書館が増えた。様々な感染症予防対策を講じて,休止・制限したサービスも多い。住民の理解を求めながらの再開はどこも大変だったと聞く。日本図書館協会の「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」や図書館の自由委員会の「こんなとき、どうする?「COVID―19に向き合う」」を参考にしたという図書館もあった。
 徐々にサービスを再開し,制限緩和する図書館が増えてきたところへ昨年秋頃から感染が再び拡大,今年1月には再度の緊急事態宣言が11都道府県に発令された。今後,感染拡大が進行する中で,サービスを休止,縮小をせざるをえないとしても,代替手段や新たに可能なサービスはないかを十分に検討する必要がある。いずれにしても図書館サービス内容の決定にあっては,本や情報を提供する専門機関としての図書館の責任をいかに果たすかが重要となる。変化する状況に合わせて,日本図書館協会のHPの「新型コロナウイルス関連情報のページ」(随時更新)も参考にしてほしい。
 図書館が自らの責任において自立的に判断すべきことを自治体の他機関に委ねてはならない。図書館は住民の信頼や期待を糧にそれぞれの地域に存在しているのだから。
(ひらかた ひろみ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.115,No.2(2021.02)

コロナとホームレスと公共図書館(山口真也)

 大学院時代,「ホームレスと公共図書館」というテーマで修論を書いた。当初は当事者へのインタビューも行う予定だったが,声をかけても迷惑そうにされることが多く,図書館職員へのインタビューだけで終わってしまった。大学で教員として働くようになってからも心残りが消えることはなかった。
 2020年4月から1年間,東京で学外研修を受けることになった私は,以前とはアプローチを変えて,図書館の外から彼らに関わりを持つことにした。都下にある支援団体のボランティアとして,事務所でシャワーを提供し,食事を作って公園や駅のガード下へ届けているのだが,毎週通っているとだんだんと顔なじみになってきて,シャワー待ちの間や路上で世間話をする時に,図書館とのかかわりについて自然と当事者から話を聞くこともできるようになった。
 ホームレスの方々の誰もが口にするのが日中の居場所として図書館を多く利用しているということである。特に冬場は寒くて夜寝れないから体を休める場所が欲しいというのが彼らの本音だが,ずっと寝ているわけではないので,合間に小説や雑誌を読んで楽しむことも多いという。
 若い世代は館内のフリーWi-Fiを利用して契約切れのスマホを使うことが多いそうだが,困っているのは充電ができないこと。PC席にはコンセントはあるが,貸出カードが求められるため,彼らは利用できない。トイレの個室にあるコンセントをこっそり使うこともできるが,自分1人のルール違反でホームレス全体の利用が禁止されると申し訳ないからルール違反はしたくないーー,そんな言葉を聞いた時に,図書館が色々な意味で命をつなぐ大切な場所になっていることを痛感した。
 コロナ禍の影響だろうか,このところ支援団体あてにホームレスの保護を求めるメールや電話が増えてきている。これまでは少なかった女性の路上生活者も目立ってきている。2021年は「利用者を差別しない」という原則を,否応なしに多くの図書館関係者が考えなければならない1年になるのではないかと思う。
(やまぐち しんや:JLA図書館の自由委員会,沖縄国際大学)

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Vol.115,No.1(2021.01)

日本学術会議新規会員任命拒否問題をめぐって(小南理恵)

 日本学術会議の新規会員任命に際し,内閣総理大臣が候補者のうち6名の任命を拒否したことについて,国内外から抗議の声が挙がっている。この任命拒否が日本学術会議法の趣旨に反するものであることは言うまでもない。歴史を見れば,1930年代には滝川事件や美濃部達吉の天皇機関説問題など,政府の主張とは異なる意見を表明した学者が職を追われる事件が多発した。日本学術会議は学問が政府に従属し,多大な犠牲をもたらした戦前戦中の反省から出発している。今回の任命拒否問題は学術会議の人事に対する政治的介入という意味で学問の自由を妨げうるものと理解できる。
 「図書館の自由」の理念は,戦前戦中に図書館が思想善導へ加担したことに対する強い反省のうえに立っている。現代の図書館の在り方を考えるうえで,こうした歴史を切り離すことはできない。図書館憲章委員会が1954年の全国図書館大会で提出した「図書館の自由に関する宣言」の原案には「(前略)図書館の自由が侵される時は,独り図書館のみでなく,広く社会そのものの自由が侵される時であつて(後略)」とあり,「図書館の自由」と「社会そのものの自由」の相互関係が指摘されている。裏を返せば,言論・出版の自由や学問の自由など,「社会そのものの自由」が脅かされることは,「図書館の自由」に対する侵害へと直結しうると言えるだろう。
 日本図書館情報学会は2020年10月21日付で日本学術会議の任命拒否問題について声明を発表した。声明では,任命拒否は日本学術会議法の解釈に反するものであり,その理由についての説明がないことは,民主的手続きの原則に反すると述べられている。図書館は記録された情報源を収集,組織化,保存し,市民に提供する社会的機関であり,これらの基本的機能を以て民主主義社会を下支えしている。政治的判断に対して納得のいく説明がなされない現状は,民主主義の原理に反するものである。法に基づく任命と,十分な説明が求められる。
(こみなみ りえ:JLA図書館の自由委員会,島根県立大学)

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Vol.114,No.12(2020.12)

図書館で場の共有を考える(鈴木崇文)

 新型コロナウイルス感染症の流行が続き,社会でも図書館でも,緊張の持続とともに疲労や不満が蓄積していると感じる。感染予防のための接触制限は,国内外の移動を抑制し,思考様式にも変化を迫るものとなった。この間,Zoom等でオンライン会議や講演会が始まるなど新しい情報共有ツールが広まっているのは図書館としても喜ばしい。
 しかし,やはり,人と会う,会食するなど今まで私たちが当然に期待し,喜びとしてきた行動が大きく抑制された1年であった。不本意であれ,個々人に,人と接触することにためらいや罪悪感を生じさせたとすれば,これは感染症沈静化後も克服し難い問題として続くに違いない。
 従来勤務先の行事や講演会では,講師と参加者,参加者同士がスペースの限られた密な空間で学び合うことを誇りにして来た。現在は人数を抑えて少しずつ再開している。遠方の家族や友人との接触に心身両面でブレーキがかかっている状況だからこそ,身近な図書館として感染症を考慮しながら学び合える機会の提供に努めたいと思う。
 また,現時点で勤務先では閲覧席を減らしているが,在宅勤務の関係からか,平日に以前より社会人を目にするようになった。「資料と施設を提供することを,もっとも重要な任務とする」図書館として必要とする市民に利用いただけるのは大変ありがたい。一方,制約続きの中,利用者が他者の行動や他者の音にやや過敏になっている面もあり,対応する職員もその例外ではなく,改めて空間共有のルールについて悩んでいる。
 仕事に追われる人,静かに過ごしたい人,重い障害を持ちながらも図書館が好きな人など全ての利用者が尊重されるためには、月並みだが従来以上に相互の思いやりや気遣いが大切なはずである。これは職員の力だけでは解決できない。今こそ「市民の図書館」としてどのような空間が望ましいのか、社会において相互否定や排除を起こさないために何が求められているのか,市民と共に議論と行動が必要だと考えている。
(すずき たかふみ:JLA図書館の自由委員会,名古屋市中川図書館)

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Vol.114,No.11(2020.11)

リアルな資料提供の自由を守るために(津田さほ)

 新型コロナウイルス感染症が図書館に与えた影響は,発生した当初には全く予想ができなかったほど甚大なものになった。緊急事態宣言が発出されていた2020年5月5日から6日に行われたsaveMLAKの第4回調査によると,1,692の調査対象のうち実に1,508館,92%の図書館が休館していた。図書館の自由の観点から「来館記録の取得」についての動向には注目が集まった。そのことももちろん重大な問題だが,過度な出勤抑制によって資料収集がおびやかされたり,休館中に必要な資料を提供できなかったりしたことも見逃してはならない。
 多くの図書館で,「休館=何もしない」ということではなかったことは確かだ。ホームページコンテンツを充実させたり,電子書籍の貸出を始めたり,期間限定で無料の郵送貸出を行ったりと,各地で非来館型の特色あるサービスが展開された。しかし,コロナ禍では多くの人が仕事や住所を失ったり,スマホすら手放さざるを得なくなったりしている。そうでなくてもWEBにアクセスしづらい人にとっては,WEBでしかサービスを提供されないのであれば図書館が利用できないのと同然ではないか。
 これまではシステム更新や工事などで長期休館することはあっても,市内のほかの図書館や近隣の図書館は開館していた。ほぼすべての図書館が休館してしまったとき,図書館はいったいどうやって資料や情報を提供することができるのだろう。
 0歳から高齢者まで,だれもが無料で利用でき,必要な情報を得ることができる公共施設は図書館しかない。3.11のあと,計画停電や放射能汚染などの情報を探しにきた市民が,図書館で掲示していた情報を見て「ほら,図書館ならわかるって言っただろう」と話していたことを今もよく思い出す。今後感染症の流行が拡大したとしても図書館が情報提供の砦となれるよう,WEBだけに頼ることなく無料の原則に基づきあらゆる手段を考えていかなければならない。
(つだ さほ:JLA図書館の自由委員会,鎌倉市中央図書館)

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Vol.114,No.10(2020.10)

利用者のプライバシーと日常業務(鈴木啓子)

 「図書館は利用者の秘密を守る」というと,誰が何を借りたかという読書事実のことが重要視される場合が多い。しかし,守るべき利用者の秘密はそれだけではない。図書館が業務上知りうる事実には,利用者の名前や住所,いつ施設やサービスを利用したかという記録のほかにも,予約・リクエスト,複写,レファレンス記録などもある。いずれも利用者のプライバシーに属することで,本人の許諾なしには,他の人にたとえ保護者・家族であっても知らせたり,目的外に使用したりすることは許されない。
 図書館は,予約の書名を予約者以外には伝えないし,予約の申込書は処分する。レファレンスも記録に名前など残さないように配慮している。ただ,日常の業務の中でリクエストの本を,後ろの人が並んでいるのに「この本でいいですか」と見せられたのが嫌だった,とか,レファレンスで相談したことについて職員が電話で問い合わせをしたが,職員の声が大きくレファレンス内容がカウンター付近にいた他の利用者に丸聞こえだったなど,利用者が不快な思いをしたということを聞いたことがある。
 利用者が貸出や予約などをする時は,借りている本が見えないように次からの利用者がカウンターから離れて順番を待つようにする。新型コロナウイルス感染防止のソーシャルディスタンスとしても必要である。
 レファレンス・サービス対応の場合は,レファレンスコーナーが貸出カウンターから離れて独立していればよいが,施設の広さや職員体制の問題もあり,なかなか難しいかもしれない。しかし,利用者のプライバシーを守るためには,少しでもプライバシーが守られる環境を整えたり,伝える方法を工夫したりすることを考えていくことが求められる。そこで,図書館員は,カウンターでインタビューする際,書名など具体的なことは言わず,メモしてもらう,メモに指をさして会話をするといった工夫をする。マニュアルを作成しているところもある。基本的なことだが図書館員で共通理解していくことが重要であろう。
(すずき けいこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.114,No.9(2020.9)

ビブリオコースト(書物の大量虐殺)(千錫烈)

 香港で反政府的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法(国安法)」が2020年6月30日に施行された。施行からわずか数日後には香港公共図書館(Hong Kong Public Libraries)で民主活動家ら3人の9タイトル・合計380冊もの書籍が書架から撤去され,OPACでも「審査中」と表示され貸出や予約ができない状態であると報道され,「言論弾圧」「検閲」との批判が起きている(朝日新聞7月6日朝刊など)。実際に香港公共図書館のOPACで民主活動家の?之鋒の「我不是英雄(私は英雄ではない)」を検索したところ33館41冊すべてが「Under Review」(審査中)であった(8月3日現在)。
 香港政府が国安法施行の直後に真っ先に公共図書館を抑圧したことは,逆に公共図書館は香港政府にとって大きな脅威にもなりえることを端的に示すものである。なぜ権力側は図書館を抑圧するのかについては,ベネズエラ国立図書館の館長であったフェルナンド・バエスの『書物の破壊の世界史:シュメールの粘土板からデジタル時代まで』(紀伊國屋書店,2019年)が参考になる。そこでは「ビブリオクラスタ(書物の破壊者)は書物を憎んでいるのではない。そこに書かれた内容が読まれることを恐れているのだ。」とウンベルト・エーコの言葉を紹介しながら,バエスは敵対する側のシンボルとして図書館や書籍が見做されるが故に破壊の対象とされ,脅威となる記憶を抹殺し,人々を脅して反発する気力を奪い,政治的覇権のためにビブリオコースト(書物の大量虐殺)が行われてきたと論じている。
 香港公共図書館では,現時点では辛うじて民主活動家の書籍の所蔵は確認ができるが,審査後に所蔵そのものが抹消される可能性もある。バエスがビブリオコーストは個人の尊厳,個や集団が記録を保持する権利,アイデンティティの権利,情報を得る権利などを侵害する事実を見逃すべきでないと強い警告を発しているように,所蔵が抹消されるという単純な事実だけに矮小化されるものではなく,多くの権利が失われてしまうことも忘れてはならない。
(せん すずれつ:JLA図書館の自由委員会,関東学院大学)

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Vol.114,No.8(2020.8)

映画『風と共に去りぬ』の対応をめぐって(鈴木章生)

 アメリカでは,白人警察官の暴行を受け黒人男性が死亡したことに端を発し,人種差別に対する抗議デモが展開され,大きなうねりとなっている。十数年前,アフリカに出自を持つオバマ大統領が誕生した際には,この国は新しい時代を迎えたとの印象を持ったが,現状の厳しさを見れば,未だにはびこる差別の根深さを感じざるをえない。
 抗議の声が高まるさなか,6月9日,メディア企業のワーナーメディア社は,同社系列のストリーミングサービス「HBO Max」において,マーガレット・ミッチェル原作の映画『風と共に去りぬ』の配信を停止した。同作品に対して,奴隷制を肯定し黒人をステレオタイプにより描写しているとの批判が向けられたことによる。6月24日には,本編の前に,歴史的背景や奴隷制を肯定する作品の問題点を解説する約4分半の動画が付け加えられ,配信は再開された。不朽の名作とされる映画への批判とその取り扱いは,日本でも多くのメディアで報じられた。
 一連の対応を図書館に引き付けて考えるとき,作品の抱える問題を認めながらも,HBO Maxが「偏見の存在自体を否定することになる」として,差別表現の削除や置き換えをしなかった点を確認したい。このことは,1970年代以降の日本の図書館界が,差別を助長するとして批判を受けた図書等をめぐって,議論を深めたどり着いた結論に通じる。そこには,人が差別に向き合ううえで真に必要なのは,差別の事実や差別表現を隠ぺいすることではなく,それらの問題点を正しい知識に基づき主体的に学び,理解することであるという普遍的原理がある。そして,このことは,多様な価値を反映した資料・情報へのアクセスが保障されなくては成しえない。
 国際図書館連盟(IFLA)は,6月5日,会長と事務総長連名により,「図書館が形づくろうとする社会において人種主義の存在の余地はない(Racism Has No Place in the Society Libraries are Working to Build)」との声明を発表し,社会的包摂を推進するうえでの図書館の役割を明言している。対岸の火事とせず,日常の実践を顧みる機会としたい。
(すずき あきお:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.114,No.7(2020.7)

図書館は“人間らしく生きること”を支える(佐藤眞一)

 新型コロナウイルス感染症対策として4月7日に発出された緊急事態宣言が解除され, 臨時休館していた公立図書館も, 5月末から徐々にサービスを再開しつつある。
 各図書館では, いわゆる「三つの密」(密閉空間・密集場所・密接場面)の生じ得る施設として新型インフルエンザ等対策特別措置法の規定で自粛要請対象となることが想定されたため, 緊急事態宣言前からサービスの縮小が検討された。当初は, 休館と表明しつつもウェブ予約図書貸出や複写サービス等, 一部来館サービスを継続していた図書館もあったが, 緊急事態宣言によって, Eメール・レファレンスや郵送複写サービス, HPからの情報発信等の来館によらずに提供できるものを除き, 多くの図書館がサービス休止を余儀なくされた。
 さて, 人々の権利が衝突するときは, 公共の福祉の観点で調整が図られる。国内での感染爆発の可能性が否定できなかった時期に, 経済活動を犠牲にしても, 医療体制の崩壊を防ぐことが最優先されたのは, この調整に他ならない。
 日本国憲法は, 「すべて国民は, 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と生存権を規定している。図書館は「知る自由」を具現化することを目的として, 文化的な生活を営む権利を保障しており, “人間らしく生きること”を支える施設である。第一波が収束に向かう中, 各地の図書館に市民から早期再開を求める要望が出されていること, 緊急事態宣言解除後, 最初に自粛要請が解除される施設の一つに図書館が挙げられたのは, その証左ではないか。
 人々の生命に関わる緊急事態であればこそ, 図書館が提供を続けなければならない情報が絶対にあるはずである。緊急事態宣言下でも, できる限りのサービスを継続する努力を続けた図書館があったように, 第二波に備え, 図書館は自らの存在意義を改めて問い直し, 図書館ならではの存在意義を示すべきである。
(さとう しんいち:東京都立中央図書館, JLA図書館の自由委員会)

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Vol.114,No.6(2020.6)

新型コロナウイルス感染拡大防止に来館記録は必要か(熊野清子)

 新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため,2020年2月末から多くの公共図書館がサービスの縮小や臨時休館を余儀なくされ,利用者の知る自由が阻害されることとなった。4月7日の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言発令,4月17日の全都道府県への拡大,5月4日には期間の延長と局面は変わり,5月4日の基本的対処方針改定で,図書館などは、感染防止策を講じることを前提に再開が容認された。
 さまざまな感染防止策が求められるが,入館時に住所・氏名・連絡先等の記入を求める自治体があるようだ。通常は行っていない来館記録を収集するなら,個人情報保護条例に基づき個人情報保護審議会に諮り,収集目的と記録の保存期間や管理方法をきちんと定める必要があることをまず確認しておきたい。さらに,来館記録の収集は何のためなのか,ちょっと立ち止まって考えてほしい。
 感染者の行動調査から図書館への立ち寄りが判明したとしても,同時刻の利用者は濃厚接触者に該当するだろうか。多くの図書館では感染防止のために,各種イベント中止や新聞雑誌閲覧の中止など滞在時間短縮を利用者に求め,マスク着用や手指消毒を奨励している。30分未満で本を選んで借りて帰るような場合は該当しないはずだ。書店のアルバイト従業員が感染した事例では,3時間という短時間勤務のため,保健所から「お客様および当社従業員は濃厚接触者に当たらない旨の連絡」があったという。
 ウィズコロナ時代を手探りで進んでいくいま,再開にあたって部分的にサービスを制限せざるを得ないことがあるかもしれない。そんな場合でもその措置は,根拠に基づき必要最小限であること,そしてきちんと利用者に説明することが求められる。図書館の自由委員会から発信している「COVID-19に向き合う 来館記録の収集は推奨しません。」も参照し,これまで図書館の自由をめぐる事案で図書館界が培ってきたことを活かしていただきたい。
 最後に,5月14日に公表された「図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」5.②の「氏名及び緊急連絡先を把握し、来館者名簿を作成する。」は,当委員会の推奨と相反するものであり、全国の図書館員や利用者の信頼を失わないよう,修正を働きかけていきたい。(2020年5月15日執筆)
(くまの きよこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.114,No.5(2020.5)

新型コロナウイルス感染防止への図書館の対応に思う(松井正英)

 どうしても調べなければならないことがあったので,用事で東京に出たついでに都立中央図書館に寄った。必要な資料を開架で探し,書庫にあるものは出してもらって,ひと通り調べることができた。それが2月28日だった。翌日から,新型コロナウイルスの感染拡大防止のために都立図書館は臨時休館となった。
 2月の末から,各地の図書館は感染防止の対策に追われた。国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータル(新型コロナウイルス感染症による都道府県立図書館・政令指定都市立図書館・国立国会図書館への影響(第5報)Posted 2020年3月24日)によると,3月は都道府県立図書館の約半数が臨時休館の措置をとっている。市町村立図書館の全国的な状況はわからないが,私が住む長野県では,県立長野図書館の3月18日まとめによると,掲載されている70館中,閉館が7館,閲覧中止または制限が26館となっている。
 ただ,休館しながらも,電話・メールでのレファレンスや,郵送での複写サービス,事前に予約した資料の貸出に対応するなど,利用者の要求に少しでも応えられるように努力している様子がうかがえる。もちろん,開館しているところでも感染防止の対策は欠かせないので,イベントを中止したり,入館時にマスクの着用や手洗い,アルコール消毒などの協力を呼び掛けたりしている。来館回数を減らしてもらうために,貸出冊数の引き上げや貸出期間の延長をしている館も見られた。
 しかし,気になることもある。開館しているが,大人は入館できても,高校生以下は入館できないという話も聞こえてくるからだ。休校で学校図書館が使えず,さらに公共図書館も使えないとなると,子どもたちが本や活字に触れる機会をどう保障したらいいのだろう。また,冒頭に述べた筆者の調べものも,直接本に当たらなければ調べられないことだった。閲覧が制限されていては十分に調べることができない。
 感染拡大防止と知る自由の保障とのせめぎ合いの中で決断するのは悩ましい。それでも,地域のさまざまな状況を考慮しながら,知る自由を保障する方策を探り,資料や情報の提供に向けた努力を続けることが必要だろう。
(まつい まさひで:JLA図書館の自由委員会,長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校図書館)

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Vol.114,No.4(2020.4)

行政システムに関わる事故・事件から図書館の自由を考える(奥野吉宏)

 昨年末,行政システムに関わる重大事故・事件が2件発生した。一つは,日本電子計算(株)が提供する自治体専用クラウドサービスが停止,バックアップにも問題があり一部データが消失し,結果としてこのサービスを利用する自治体の各種システムが長期間利用できなくなった事故。もう一つは,自治体が富士通リース(株)に返却したリース品のハードディスクが不正に持ち出し・転売され,自治体が保有する個人情報が流失した事件である。特に前者は,図書館システムが停止し,サービスに影響が出た公共図書館もあった。
 これらの事象では,前者はクラウドサービス上での事故であり,後者は自治体内部に設置されていたサーバに関わる事件である。このことから,クラウドであっても内部設置のサーバであっても,問題は起こりうるということを如実に表している。またそれは,トラブル発生時の対応策も,図書館ごとに自館に合ったものを用意しておく必要性を示している。
 そして図書館の自由の観点からみると,前者の事故は,セキュリティ上の問題から長期間ウェブサービスを停止した公共図書館の事例(本コラム2018年2月号参照)と同様に“資料提供の自由”と密接に関連する。昨今ウェブ上で蔵書が確認できなければ存在しないものとみなされてしまい,自由な利用に供しているとはいえないことになる。
 一方,後者の事件は“利用者の秘密を守る”に直結する。特にデータの保存に関しては,JLAが昨年5月に公表した『デジタルネットワーク環境における図書館利用のプライバシー保護ガイドライン』の中で「システムの安定運用にはログの取得・管理は必須であり(中略)紐づけの解除後にその痕跡を全く残さないことは不可能に近い。」としており,残されたデータに対して最後まで責任を持つ意識と行動が必要である。最近は公共図書館でも,複数のシステムを連携させてサービスを提供している事例が増えており,保護するべきデータがどこに残されるのか,把握も重要になる。
 今回の事件・事故は,図書館にとっても今後の教訓とすべき内容が多いと考えている。
(おくの よしひろ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.114,No.3(2020.3)

防犯カメラの運用と図書館の自由(子安伸枝)

 2020年1月8日の東京新聞に「防犯映像 市民に見せる」という記事が掲載された。練馬区立図書館で2017年から2018年の2年間に防犯カメラの映像を外部提供した事例を調査したところ,15件警察に提供していた。その提供の際の手続きや方法が練馬区の個人情報保護条例や図書館の規程の原則から外れているという記事だった。警察への提供は憲法第35条に基づく令状ではなく捜査関係事項照会書による提供で,そのうち7件は照会書が事後提出,1件は未提出だった。また,利用者同士のトラブルや不審者を確認するといったケースでは当事者に映像を確認させているが,当事者からの申告のみでの判断だという。
 図書館の自由に関する宣言では,利用者がいつ入退館したかというような利用事実は利用者の秘密であり守るべきものとしている。個人情報保護条例では本人の許諾があれば個人情報も外部提供できるという条文もあるが,防犯カメラに写っているのは画像の提供を求める当事者だけでなく不特定多数の利用者である。その利用事実を提供するかどうかの判断はできるだけ慎重に行う必要がある。自由宣言では捜査機関による図書館への「照会」は令状を確認した場合に限るという「令状主義」を原則としている。また,令状さえあればどんな照会にも応じるのではなく,どんな情報が必要なのか具体的に確認したうえで必要最小限度の提供に留めるべきというのが基本的な考え方である。
 図書館の自由委員会では,委員会のページ内に「こんなとき,どうする?」というページを作り,日常業務の中での「図書館の自由」に関わる考え方や確認点をまとめている。その中に「捜査機関から「照会」があったとき」の対応が書かれている。「5 図書館の防犯カメラについて」の記述もご確認いただきたい。防犯カメラを設置するに当たっては運用基準が重要だ。利用者の秘密に配慮した運用基準を考え,利用者の目に留まるところに運用基準を公開する必要がある。
(こやす のぶえ:JLA図書館の自由委員会,千葉県文書館)

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Vol.114,No.2(2020.2)

地域資料の取り扱いと発行元との連携(天谷真彦)

 数年前に守山市が発行した小学校向けの副読本に事実と異なる記述があると,利用者から指摘を受けた。資料は児童室および地域資料室に配架しているものだった。該当箇所は昭和20年代に起きた台風被害についての記事で,被害が発生していないはずの年に記述がされているという。
 利用者は発行元の教育研究所にも連絡しており,教育研究所は図書館に対して資料の貸出を行わないよう求めた。図書館は,資料の扱いについては館内で協議して決定している旨を説明し,まず事実調査を行った。その間,複数冊所蔵している資料の一部を調査用に確保し,残りは開架に戻して引き続き貸出に供した。
 滋賀県立図書館の協力を得て,当時の新聞記事や滋賀県が発行している資料を調べた結果,指摘は正しく資料の記述が誤っていることを確認した。また,市の基礎資料と言える『守山市史』をはじめとする複数の地域資料にも同様の誤りがあることまで判明した。館内で協議し,すべての資料は調査経緯を記した訂正文を貼付して開架室に戻すことにした。
 訂正文は,最初に指摘を受けた資料の発行元である教育研究所と,市史など地域資料の発行元である公文書館と,図書館の3機関連名で出した。また同時に,市役所の全部署に経緯を知らせた。守山市では図書館の規則で地域の資料をひろく収集することが定められており,規則に従って年に数回,各部署に発行物の提供を呼びかけている。各部署は苦労してつくった発行物の宣伝になればと速やかに図書館へ送ってくれる。現在は,市役所の中でよい関係が築けている。
 今回の事例のきっかけは資料の記述の誤りというネガティブなものであったが,他部署と協力しながら,図書館としてどうするのか自ら決定して対応することができた。資料の扱いについては,時にトップダウンで貸出を禁止してしまう事例を耳にすることがある。日常の一場面ではあるが,図書館が日頃からその任務を他部署に理解してもらい,自館の資料に対して自ら判断できる環境をつくっておくことが重要だと改めて感じた出来事であった。
(あまたに まさひこ:JLA図書館の自由委員会,守山市立図書館)

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Vol.114,No.1(2020.1)

休載

Vol.113,No.12(2019.12)

読書通帳機の事例から(村岡和彦)

 最近気づかされたのだが,いわゆる「読書通帳」の活用事例で,学校図書館と公共図書館での共通利用が行われているようだ。最近の内田洋行のサイトに,「『読書通帳』には,データ連携により学校の図書室で貸し出した本を,地域の図書館で印字できる仕組みがあります。」と記されている(https://www.uchida.co.jp/public/dokushotsucho/)。論難や告発が目的ではないのでここには示さないが,サイトには具体的な自治体名が示されているし,この話題を扱ったSNSでも「○○町も同様」との情報提供もあった。だが,このような貸出データの処理方法は,自由委員会として避けるよう提言していたことだ。
 自由委員会では<いわゆる「読書通帳」サービスについて:「図書館の自由」の観点から(2016年8月)(http://www.jla.or.jp/committees/jiyu/tabid/735/Default.aspx)で読書通帳機にかかわる論点整理を行った。そこでは読書通帳のタイプによる切り分けを行い,図書館システムの貸出記録を活用する方式のみに注目し,貸出記録が別サーバーに転送される点を基準に論点整理を行った。読書通帳に登録していない人の貸出履歴も含めて図書館システムからまるごとコピーして外部サーバーに転送する方式,貸出データが二重化すること,および記帳後も本の返却後も長くデータが消去されないことがありうることは望ましくない。また2018年の5月には学校図書館と公共図書館の両方での活用を想定した条項を追加し「この場合,貸出情報(読書通帳)を含め,個人情報は公共図書館と学校図書館との間で相互に参照できないシステムでなければならない。」と示している。
 繰り返しになるが冒頭の事例の当事者館を非難するつもりは毛頭ない。「図書館の自由」の述べるところが「普通の人の感覚」とずれていることがよくあることも認識している。「親として,自分の子どもが何を借りているのかを尋ねるのが悪いのか?」という市民への対応がその典型的な例である。私たちは,こうした「ずれ」との対話を重要なことだと考える。今後も対話を続けたい。
(むらおか かずひこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.11(2019.11)

「表現の不自由展・その後」の中止に「公」の役割を問う(伊沢ユキエ)

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(8月1日~10月14日)の中の企画展「表現の不自由展・その後」は,展示内容への抗議や脅迫に屈し,開幕からわずか3日で異例の展示中止となった。企画展では,これまで政治的理由により展示を拒否された作品を一堂に集め芸術作品として鑑賞するとともに,考える場を提供したいという意図があった。それに対し名古屋市長をはじめ複数の政治家から「日本国民の心を踏みにじる」「公の施設で開催する展示ではない」「補助金を見直す」などの発言が続いた。
 8月の中止直後から,各地で「表現の不自由展・その後」の中止を問う集会が開かれ,「表現の自由」への政治的介入を危惧する作家や出版関係など,さまざまな立場の団体から展示の再開を求める声明も多く出された。その後,企画展実行委員会は名古屋地裁に展示再開の仮処分を提訴,9月30日芸術祭実行委員会と和解が成立し再開することで合意した。
 愛知県は検証委員会を開いたが,委員会は9月26日再開すべきとする中間報告を出した。が,その直後,文化庁は,円滑な運営のための重要な事実を申告していないという手続きの不備を理由に,すでに決めていた芸術祭への補助金の不交付を決定した。文化芸術基本法は「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性」を明記しており,それを文化庁自らが否定したものである。
 他人ごとではない。図書館は,収集や提供する資料に対する批判や圧力をしばしば経験してきた。そのたびに,知る自由を保障する図書館の使命は,多様な意見の資料を努めて収集し,市民に提供することであると訴えてきた。この中止・不交付を許せば,意に沿わない本は提供させないという図書館への介入にも通じる。今回,批判が集中したのは韓国人作家による慰安婦の象徴とされる平和の少女像や昭和天皇を題材にした作品である。歴史修正主義,中国・韓国人へのヘイトを背景とした「検閲」ではないのだろうか。芸術・文化の場を保障する「公」の役割が問われている。
(いざわ ゆきえ:JLA図書館の自由委員会,横浜市中央図書館)

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Vol.113,No.10(2019.10)

蔵書投棄事件から考えたこと(西河内靖泰)

 今年5月中旬,京都府南部の山林などに図書館の蔵書が大量に投棄されていた。約千冊,ほとんどが京都府市町の図書館のものだった。所蔵館がわかる本は,すべて無断で持ち出されたものだった。大部分の本はビニール紐で括られていた。野外に放置されていたため,雨や泥で汚れ再び利用できるものはない。さらに,8月初め宇治市で約150冊が発見された。図書館のいくつかは,8月末警察に被害届を出す。危機管理上の問題であるとともに,図書館の自由にとっても,利用者の資料へのアクセス権を侵害する大きな問題である。
 京都の事件では,さまざまな分野のものが無断で持ち出され続けていたらしいが,蔵書の盗難は特定分野をターゲットに起こることもある。
 私が最初に勤めた図書館では毎年5月ごろに,特定分野の本がごそっと盗まれ破られ捨てられることがあった。発見の連絡があると,受け取りに行くのは私の役目。毎年盗まれるので新しい本を入れていた。特定分野に集中していることを考えると,自分の気に入らない本を他人が読むのを阻みたかったのではないか,と私は推察している。
 図書館から本を盗み,破り,捨てる。“何とひどい”,“許すことは出来ない”と図書館員が怒りを露にすると,世間は同調するだろう。でも本当にそうだろうか。ある本が世間で問題になると,“そんな本は置くべきではない”と来られる方は少なくない。すでに所蔵している場合には,“捨てろ”,“焼いてしまえ”とまでも言われることもある。実力行使はしないとしても,図書館員にそう命じているという意味では,私にはかつての犯人とこうした方々が同じにしかみえない。もし図書館員がこうした要望に屈して,資料の提供や収集に制限をかけるならば,それもまた本質的には同じ行為に加担したことになるだろう。
 先の蔵書投棄事件をきっかけに,世間も図書館員も改めて図書館の自由の意味を考えてほしいと願う。
(にしごうち やすひろ:JLA図書館の自由委員会委員長,多賀町立図書館長)

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Vol.113,No.9(2019.09)

図書館の自由はみんなで守る(平形ひろみ)

 6月3日の北海道新聞にショッキングな見出しが躍った。「利用者情報半数が提供-図書館の捜査協力増加」(1面)「提供「相当の理由」拒否「令状が必要」-図書館の利用者情報割れる判断」(26面)苫小牧市民から寄せられたメール「図書館が利用者の情報を警察に提供していいのですか」がきっかけで,同新聞社が道内の人口上位15市に取材し,この記事となった。
 提供するとした8市は,「個人情報保護条例に基づき,指定管理者の運営する場合も含め市教委が判断」。提供しないとした7市は,日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」などを根拠に挙げ,憲法35条に基づいた裁判所の令状がない場合,利用者の情報を原則「外部に漏らさない」としている。
 警察の任意捜査協力に応じての情報提供は,刑事訴訟法に基づく「捜査関係事項照会書」を拒否したとしても罰則規定はない。緊急性,相当の理由があって提供する場合でも,収集目的以外の情報提供には慎重さが求められる。
 しかし,昨今,複合化した図書館も多く,例えば監視カメラの情報保持者が図書館でない場合も少なくない。最近の監視カメラは高画質の顔写真に加えて,遠くの音声も拾って自動録音されるものもある。設置場所によっては図書館利用者の入館者情報,所持している資料画像,図書館内での会話までも拾ってしまう。図書館によっては,複合先の設置母体の情報提供に不安を覚える図書館職員もいることだろう。
 日本図書館協会ホームページの,図書館の自由委員会>こんなとき,どうする?>「捜査機関から「照会」があったとき」の「令状主義」の原則について,7月,解説を加えた。「宣言」解説や事例集等の冊子と合わせて,職場内で,自治体関係者,図書館関係団体,利用者が図書館の自由について考えを深めるために日頃からぜひ活用していただけたらと願う。
(ひらかた ひろみ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.8(2019.08)

「図書館の自由」をおびやかす「組織」ってなんだろう?(山口真也)

 自由委員を務めるようになってから,「図書館の自由」をテーマとする研修を頼まれることが増えてきた。私は,「図書館の自由に関する宣言」を理解するためには,主文だけでなく副文もあわせて読むことをお勧めしているが,私自身まだまだ勉強不足なので,説明が難しいと感じるところが少なくない。
 例えば,自由宣言の副文には,「個人・組織・団体からの圧力や干渉」というフレーズが4か所も出てくる。繰り返し出てくるということは,「図書館の自由」を理解する上で大事なキーワードということだろう。
 このフレーズに出てくる用語のうち,「個人」と「団体」の意味はわかる。では,「組織」はどうか。辞書を引けば,統制のとれた活動を行う集団というイメージもつかめるのだが,「団体」と分ける意図がよくわからない。
 「図書館の自由」の理解に困ったときに,私が助けを求めるもう一つが解説書(『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説』第2版)である。そこには「組織」の説明として,次のような一文がある。
   「なお,「個人・組織・団体からの圧力や干渉」という文言をこの宣言のなかで
  各所に使っているが,このうちの組織には国の機関や地方行政機関などいわゆる
  公権力を含むものとしていること付言しておきたい」(p.24)
 「含むもの」という説明なので,その定義がすべて明確に示されているわけではないが,どうやら「組織」とは,首長であったり,教育委員会であったりするもののようだ。とすると,「組織」というのは,個人や団体とは違って,図書館にとって明確に「外部」として切り離せないような存在,上部機関のようなものを指しているような印象を受ける。つまり,「組織からの圧力や干渉」というのは,「組織内部での圧力や干渉」というような意味をもつのだろうか,と考えたりする。しかし,「含むもの」という説明だから,その本体の意味はまだ曖昧なままである。
 解説書は2004年の出版で,新たな動きに対応するため,自由委員会では改訂作業にとりかかっている。個人的には,この機会に「組織」の意味も明確にできれば,と考えている。11月の図書館大会でも中間報告を行う予定である。ぜひ参加してさまざまな意見を寄せてほしい。
(やまぐち しんや:JLA図書館の自由委員会,沖縄国際大学)

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Vol.113,No.7(2019.07)

「時代にゆれた表現の自由」展に思う(冨田穰治)

 2019年4月8日~6月1日に,専修大学図書館で企画展「時代にゆれた表現の自由-江戸から平成,そして〇〇-」が開催された。江戸時代の黄表紙や戦前の発禁本から過去の出版規制の歴史をたどるとともに,元少年A『絶歌』など,出版や図書館での所蔵の是非を巡る論争を惹起した近年の書物までを扱った意欲的な展覧会で,非常に見応えがあった。
 現代の日本において,表現の自由に対する規制・制約を,国家権力が直接的にもたらすことは稀である。当然ながら,検閲は憲法21条2項で絶対的に禁止されている。名誉毀損やプライバシー侵害があっても,柳美里『石に泳ぐ魚』(最判平成14年9月24日集民207号243頁)のように重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるものでない限り出版差し止めは認められないし,わいせつ物頒布等の罪(刑法175条)の規制対象も,わいせつ概念の変容から縮小傾向にあるなど,法令による規制範囲は限定的である。
 国家権力による規制に代わって,近年目立つのは自主規制であろう。権力者に対する忖度もさることながら,ネット言論をはじめとする世間からの批判を過剰に恐れ,萎縮する傾向が強まっているのではないか。
 「政治的中立性」を理由として,社会において議論が分かれている問題を敬遠する事例は,近年,枚挙に暇がない。その典型である九条俳句不掲載事件控訴審判決(東京高判平成30年5月18日判時2395号47頁,最決平成30年12月20日で確定)では,船橋市西図書館蔵書廃棄事件最高裁判決(最判平成17年7月14日民集59巻6号1569頁)を引用している。公民館と公立図書館という違いはあるが,職員が,思想・信条を理由に他の住民と比較して「不公正な取扱い」をすることは,人格的利益の侵害にあたるとの誹りを免れない規範構造が共通するからだ。
 図書館は,自由で多様な言論の場であり,今回の専修大学図書館の企画展は,その面目躍如たるものだろう。しかし,その立場を忘れれば,表現の自由を圧迫する側にまわってしまうこともある。あらためて自戒することが大切である。
(とみた じょうじ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.6(2019.06)

個人情報を守るということ(田中敦司)

 2019年1月,カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社がTポイントカードの利用者情報を,捜査関係事項照会書(以下照会書)の提示だけで捜査機関に提供していたという報道があった。その後,交通系カードなどでも同様に提供していたことが報道され,その是非が問われることになった。個人情報保護に関して,多くの住民が不安を感じ,議論され始めた。また,北海道の苫小牧市立中央図書館では,照会書の提示によって,個人情報を開示したと報道された。市民による情報開示請求によってあきらかになったものであり,市議会の委員会でも質疑が行われた。市民から陳情や要望書が出されている。
 名古屋市では,Tポイントカードの報道を受けて,個人情報を所管する部署から,図書館を含むすべての部署あてに,捜査機関から照会書での開示請求がきたときの対応についての指示文書が送られた。そこでは,「実際に提供を求められた場合は,個人情報保護事務取扱要綱第5第2項(注)に留意し,各事務所管課において提供の可否や必要性を適切に判断してください。」と,提供に際しての留意点が記されていた。
 図書館では従来から,照会書の提示では個人情報を提供してこなかった。図書館に限らずどの部署でも,それぞれに検討し判断することが大切なのである。個人情報を保有している部署は,それを預かっている責任があり,当然守るべき責任もある。とりわけ図書館で保有する個人情報には,ひとりひとりの思想信条にかかわる重要なものがある。目的外の利用や提供については,いっそう慎重にならざるを得ない。ある日突然やってくる捜査機関からの捜査関係事項照会に備えて,対応を再確認しておく必要がある。
(注)個人情報保護事務取扱要綱第5 目的外利用・提供の手続
2 条例第11条第1項第2号の規定に基づく目的外提供の検討
 事務所管課は,法令又は条例の規定に基づき個人情報の提供を求められた場合は,提供を行うことを罰則等により強制されない限り,提供を行うことにより個人の権利利益が不当に侵害されることがないように,提供を求める目的,内容を次に掲げる基準に照らしあわせ,提供の可否について判断をしなければならない。

(たなか あつし:JLA図書館の自由委員会,名古屋市北図書館)

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Vol.113,No.5(2019.05)

利用者の督促情報は必要か(津田さほ)

 昨年末,ある図書館システムの学習会で,「多くの図書館システムで利用者の督促回数を持っている。利用者のデメリットになりうる情報が返却されても消えないのは間違っている」といった参加者からの指摘があり,はっとした。現在,当館で採用している図書館システムも,以前に利用していたものも,利用者の督促回数や最終督促日などのデータがあるが,今まであまり意識していなかった。
 図書館の自由委員会では,1984年の「貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準」において,「コンピュータによる貸出しに関する記録は,図書館における資料管理の一環であって利用者の管理のためではない」ことを明記し,現在作成中のガイドラインにおいてもその考え方を貫いている。
 確かに,返却日を◯日過ぎたら貸出停止する等のペナルティを課す場合でも,資料側から,もしくは貸出画面で確認できれば十分で,個人に督促情報を残す必要はない。それでも多くのシステムにその機能が搭載されているのは,図書館側がシステム開発業者に対し,それぞれの運用や考えのまま仕様書等に盛り込んだり,要望したりしてしまった結果,標準化されてきたものだ。利用者側からは確認できないこともあって,あまり問題視されていないことも残念に思い,非表示にするよう業者に要望したが,実現はしていない。
 督促情報以外にも,家族の貸出や予約情報の一括表示や,返却後の利用情報の一定期間保持など,問題のある機能は数多く存在する。「便利だから」と図書館の自由が守られない要望をシステム開発業者にしていないだろうか。パッケージ化されていても,個々の図書館で不要な機能はパラメータの切り替えでオフにできるなど,柔軟なシステムであってほしい。そして何より,図書館員一人ひとりが搭載されている機能を「利用者を管理するために」安易に使用しないことが重要だ。
(つだ さほ:JLA図書館の自由委員会,鎌倉市中央図書館)

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Vol.113,No.4(2019.04)

学校図書館における読書記録の残る貸出方式(鈴木啓子)

 青年能楽師の日常を描いたマンガ『花よりも花の如く』第18巻(成田美名子,白泉社,2018年)にこんなシーンがある。主人公が小学生のときの回想として,学校の図書室で級友の借りた本のことをカウンターにいる人(おそらく司書)に聞く。すると,その人は名前のあるブックカードを見せる。このシーンは,級友の興味を知るきっかけのエピードとして使われている。
 このシーンは,「図書館は利用者の秘密を守る」観点から二つの問題がある。まず,司書をはじめ図書館業務に従事するすべての人びとは,読書事実や利用事実という業務上知り得た秘密を守らなければならない。次に,個人の読書事実を示す貸出しに伴う記録は,外部に漏れないように管理されなければならない。フィクションであるが,貸出記録がプライバシーにあたることを知らない読者は,このシーンに何の疑問ももたない。
 これまでもこのようにブックカードが取りあげられることはあった。1995年のアニメ映画『耳をすませば』は,ブックカードが少女と少年の出会いのきっかけに使われた。その後もテレビのドラマやアニメなどでも描かれた。2015年には村上春樹氏の出身高校図書館,2018年には北海道の小学校図書館のブックカードがメディアで公にされた。そのたびに,図書館関連団体は,図書館が利用者の秘密を守るために,貸出記録に配慮していることを申し入れた。しかし,ブックカードはいまだに取りあげられている。現在,世間一般に個人情報についてはナーバスになっているが,貸出記録もプライバシーにあたるという認識があまりないのが現状である。
 2018年,「学校図書館のためのプライバシー・ガイドライン」が学校図書館問題研究会により策定された。JLA図書館の自由委員会は,「デジタルネットワーク環境における図書館利用のプライバシー保護ガイドライン」(案)を公開している。図書館関係者以外にもこのことについて広く知ってもらいたい。
(すずき けいこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.3(2019.03)

利用者との関わりから図書館の自由を考える(鈴木章生)

 昨年4月から,新たな土地で公立図書館の仕事に携わることとなった。7月に新館開館を控えてのことである。これまで積み上げてきた開館準備の経過を身をもって経験しておらず,開館前の約4か月は右往左往するばかりであった。時折,館の周囲を歩けば,大きな新しい建物を見上げる人々の顔は,皆一様に期待感に溢れていたことを思い出す。どこにあっても,図書館は市民に望まれる施設である。
 異動前の3年間は図書館から離れていたため,利用者とじかに関わるのも久しぶりである。窓口業務に従事することはないが,フロアに出る機会はある。そのようなとき,直接サービスに不慣れであっても,利用者から見れば自身が窓口担当と同じ図書館員の一人であることに,緊張感とともに嬉しさを覚える。軽微な質問に対応する程度であるが,そのプロセスで,にわかに詰め込んできた知識が確実なものになると感じる。利用者とのコミュニケーションには,サービス改善のヒントや地域情報の学びが詰まっている。
 ある図書館では,資料費削減のあおりを受け貸出しが減少する中,少しでも利用を伸ばすため,フロアワークに力を入れ始めた。利用者のニーズに真摯に向きあおうとするこの取り組みにより,利用者にとって図書館員がより身近な存在となった結果,図書館は多くの気付きを得たと聞く。例えば,多くの子どもが携帯電話やスマホを持つ今日,子どもの利用者から「連絡先を親の電話番号ではなく,自分の番号にしてほしい」とフロアで直接相談を受け,館内で検討するきっかけとなったとのことである。
 「図書館の自由」については,広く市民の理解を得るため不断の努力が求められるが,それは決して図書館側からの一方的なものではない。日常の利用者とのやり取りにおいて,相互に深まっていくものである。新しい図書館に迎える利用者とのコミュニケーションを大切にし,自館の取り組みを深め発展させるためのヒントを見落とさないようにしたい。
(すずき あきお:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.2(2019.02)

図書館利用のプライバシー保護ガイドライン策定へ向けて(熊野清子)

 図書館の自由委員会では,「デジタルネットワーク環境における図書館利用のプライバシー保護ガイドライン」策定をめざし,2018年9月より広く意見を募集するとともに,第104回(2018年)全国図書館大会図書館の自由分科会で報告して協議した。寄せられた意見を検討してガイドラインに反映した上で公表する予定である。
 これまでの経過をたどってみよう。「貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準」(1984年総会採択)と基準についての委員会見解は,「図書館の自由に関する宣言」1979年改訂で加えられた「利用者の秘密を守る」ための具体的基準を示したものである。すなわち,貸出記録は資料を管理するためのものであり返却後は消去すること,データ処理は外部委託せず館内で処理すること,などを提唱する。
 しかし,情報環境やプライバシー意識の変化がもたらす課題に応えられないのではないかとの意見が示されていた。資料の汚破損対策のための貸出履歴保存や,履歴を活用したサービスを求める声もあった。第94回(2008年)全国図書館大会では「『Web2.0時代』における図書館の自由」をテーマとしてさまざまな立場の論者と意見交換し,2013年には連続セミナー「みんなでつくる・ネットワーク時代の図書館の自由」を開催して研究を重ねてきた。ここから結実したひとつが「図書館システムのデータ移行問題検討会」による報告書(2018年3月)であり,もうひとつが本ガイドラインの提案である。
 ガイドラインの本旨は図書館利用のプライバシーを保護することにある。個人情報や利用情報はさまざまな場面で図書館に取得されるが,最小限の情報を最低限の期間保持することを原則とする。また,利用者にとって貸出履歴活用の便益を否定するものではないが,どのような条件をクリアする必要があるかを示す。
 なお,ガイドライン案にかかる意見募集については『図書館雑誌』2019年1月号(p.37-41)を参照してほしい。
(くまの きよこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.113,No.1(2019.01)

性の多様性に関する絵本の扱い(千錫烈)

 「多様な性,認め合う社会に」と題した性的少数者(LGBT)に関する特集記事が2018年11月28日の『朝日新聞』山口県版に掲載された。記事の中では地元の児童書専門店が理解を深める絵本として『タンタンタンゴはパパふたり』(ポット出版)や『Red』(子どもの未来社)などを紹介していた。
 他にも性の多様性を主題とする絵本は『王さまと王さま』,『くまのトーマスはおんなのこ』(いずれもポット出版)などが刊行され,公共図書館でも所蔵されている。これらの絵本は主人公が擬人化されていたり,昔話風に語られるなど,メタファーな設定がなされている。司書課程の学生たちに実際に手を取って感想を聞いた際には「これなら安心して所蔵できる」と話す学生も多かった。
 アメリカでは『Heather Has Two Mommies』,『Daddy’s Roommate』といった人間が主人公のリアリティのある同性愛に関する絵本が1990年代から数多く出版されている。これらの絵本も司書課程の学生たちに手に取ってもらうと「同性同士が抱き合う場面が露骨すぎて一般書架なら良いけど児童コーナーでは置きたくない」という意見も少なからずあった。
 同性婚に関する絵本を児童コーナーに置くことの是非についてさまざまな論争がなされ,裁判にまで発展した事例がある。テキサス州の連邦地方裁判の判決(Sund v. City of Wichita Falls(2000))は,上記2冊を児童コーナーから排除して一般書架に移すことは,「違憲」との判決を下している。理由として,(1)絵本は子どもが主に読むものであり,子どもの読む権利を侵害する。(2)政治・宗教などの理由から公共図書館が特定の書籍を嫌悪して排除してはならない。(3)内容の取り締まりだけでなく,子どもたちに知られることさえも取り締まる。ことを挙げている。
 子どもに対してどのような絵本を提供するかについては,保護者が良いと思う絵本を選択する「パターナリズム(温情主義)」に基づく考え方が一般的であり,子どもたちの選択の自由を重視する「リバタリアン(自由至上主義)」は年齢が上がった段階でなされるものと考えられやすい。しかし,近年では本人の選択の自由を最大限確保したうえで,よりよい選択を促す介入も許容される「リバタリアン・パターナリズム」の考え方が注目されている。さまざまな情報を提供するのが図書館の役割であり,「安心して」「一般書架なら良い」と図書館員が判断せずに収集提供し,どの資料を選択するかは利用者に委ねられるべきであろう。
* 裁判については,上田伸治『アメリカで裁かれた本-公立学校と図書館における本を読む自由-』大学教育出版 2008年を参照
(せん すずれつ:JLA図書館の自由委員会,関東学院大学)

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Vol.112,No.12(2018.12)

"おすすめ"本という表現(喜多由美子)

 資料費を約40%削減されてから数年が経過した。その影響で貸出点数が減少し始めた。複本が買えないから予約が滞る。雑誌の所蔵数も3分の2ほどになり雑誌架も寂しくなった。しかし職員は元気だ。これまで以上に活気のある図書館を目指すべくいろいろ取り組み始め,効果が見えてきたからだ。
 そのひとつがテーマ展示である。資料費が削減されたまま2年も経過すると見慣れた本ばかりになってくる。飽きられる前に何か手を打たなければならない。その手段として,カウンターまわりも含めてフロアの至る所で本の展示をおこなった。現在では大小あわせて10か所以上もある。そうなると冒険ができ,時事性の強いものものからエンタメ系までいい具合に調和がとれた空間になってきた。
 そして同じテーマの本でも,ポップを「泣ける本」とするよりも「図書館の人が泣いた」とする方が興味を持って手に取られることもわかってきた。しかし,こんな回りくどい言い方をしなくても“おすすめ本”とした方がいいかもしれない。しかしこれをあえて避けてきた。
 先日,「あなたは,“おすすめ”という言葉を使おうとすると全否定して,別の表現を探してくるよね。親近感があっていいと思うけど,そんなに嫌い?」と同僚に言われた。「“おすすめ”ということは支持するということだと読み替えられるよね。そうだとしたら,いかなる内容も図書館は支持するわけではないのだから紛らわしい。誰が薦めるのか主体をはっきりさせないで,“おすすめ”という言葉は使いたくないし,上からモノを言うみたいでちょっと抵抗がある。別に『図書館の自由』を振りかざすわけではないけど,自分が何者か知って謙虚でありたいだけなんだけどね」と私は答えた。日常のどんな些細なことでも話し合える環境は大切だ。もっといろんな思いや意見を出し合って,スゴイ図書館をつくっていきたい。
(きた ゆみこ:JLA図書館の自由委員会,八尾市立志紀図書館)

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Vol.112,No.11(2018.11)

ヘイトスピーチに表現の自由はあるか・・・(伊沢ユキエ)

 『新潮45』が休刊した。2018年8月号で,杉田水脈議員のLGBTについて「生産性がない」との寄稿で差別的と批判を浴びたが,さらに10月号で編集部は議員を擁護する特集を組んだ。しかし10月号を店頭に置かないという書店があり,新潮社を支えてきた作家たちからは執筆取りやめの意向も出た。社長は「あまりにも常識を逸脱した偏見と認識不足」と編集部の方針を遺憾とする異例の声明,その後「謝罪の意」が表明され休刊が決断された。
 社長の声明については当然のことであろうが,社長の意向と編集部の方針が違うという状況について考えてみると,行政でも同様の事態は起こっている。文部科学省中央教育審議会では公立社会教育施設の所管を自治体の判断により長が公立社会教育施設を所管できる特例を設けることができるようにすることが論議されている。図書館をはじめ,関係各方面からは,教育の中立性を巡っての問題が多く指摘されている。首長の政策方針により収集や提供の自由が守られるかが危惧される点からだ。図書館は過去に首長や議員による図書館資料へのクレーム,排除要請をいくつも経験している。
 神奈川新聞は「論説・特報 時代の正体」などで真摯な報道を続けているが,在日朝鮮人に対する執拗なヘイトスピーチが日常生活を脅かす事態に,「ヘイトに表現の自由はない」と断言している。また,ツイッター社は個人を特定した攻撃だけでなく集団への人間性否定を禁じるポリシーを決めたいと公表した。LGBTの記事への反応もしかるべく人権についての注目すべき流れである。図書館も,すべての資料を同列に検討することの是非が問われているのではないか。私たち図書館員は収集や提供にどう対応すべきだろうか。
 文科省は,社会教育施設の所管のあり方も含めた「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策について」のパブリックコメントをとる。図書館の果たす役割について率直な意見を寄せたい。
(いざわ ゆきえ:JLA図書館の自由委員会,横浜市中央図書館)

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Vol.112,No.10(2018.10)

図書館向けデジタル化資料送信サービスと蔵書の利用制限(奥野吉宏)

 先日職場で「自館で利用制限をかけている蔵書が,国立国会図書館の図書館向けデジタル化資料送信サービス(以下「デジタル化送信」という。)で参加館公開の扱いになっていて,館内のデジタル化送信用の端末では制限なく閲覧できる状態になっている。この資料の利用について,どのように対応すべきか。」という話が出た。
 そこで他の事例もないか調べたところ,以前勤務した館で厳しく利用が制限されていた郷土資料が,デジタル化送信で利用できることがわかった。所蔵館も限られていたため,県外ではほぼ利用することが不可能だった資料が,デジタル化送信に参加している館であれば,全国どこでも簡単に閲覧できるようになっているのである。こんな場合,どのように対応すべきだろうか。
 参加館でのデジタル化送信の利用は,利用者自身が端末を操作して画面に閲覧したい資料の画像を表示させることから,一部の資料だけを利用制限すること自体,困難である。ただし,利用の際は,自館の登録者であることを確認する,無断で画像を撮影しないよう職員が常時確認できる場所に利用者端末を置く,印刷は職員が行う等の制約がある。このことから,自館で利用制限している資料は,デジタル化送信の利用も制限させることができるのではないかという考え方も生まれてくる。
 しかし,このような資料が見つかった場合,まずは自館の利用制限が妥当か,再度検討することが先だと考えている。
 図書館の自由に関する宣言では,「第2 図書館は資料提供の自由を有する」の副文で「制限は,極力限定して適用し,時期を経て再検討されるべきものである。」としている。
 国立国会図書館のデジタル化送信資料に限らず,他の図書館等でデジタル化され公開される資料も,刊行されて相当の年数が過ぎているものが多い。そしてそのような古い資料の場合,惰性で制限を続けているということもありうるのではないか。
 利用制限を行った理由を確認し,制限の継続について見直しを行う良い機会だととらえてほしいと思っている。
(おくの よしひろ:JLA図書館の自由委員会,京都府立図書館)

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Vol.112,No.9(2018.09)

貸出記録の読書指導への利用を問う(松井正英)

 今年の6月,埼玉県三郷市の小学校で担任の先生が学校図書館の貸出記録を利用し,児童ごとの読書傾向や今どんな本を読んでいるか,1か月で何冊の本を読んでいるかを把握して読書指導を行い,成果を上げているという記事がインターネットで紹介されて論議を呼んだ。その後,当該の校長が,担任に伝わるのは各本の貸出回数と各児童がどれくらい本を借りているかだけで,読んでいる本のタイトルやジャンルは伝えていないとコメントした記事が載り,とりあえずそれ以上大きな騒ぎにはならなかった。
 このことには二つの問題が潜んでいる。一つは,学校図書館の貸出記録が担任に伝えられているということに対して,何の問題意識も持たない教員が少なからずいるという現実である。もう一つは,各児童が借りた本のタイトルはだめだが,冊数ならいいのかという問題である。
 図書館の自由に関する宣言は,第3の副文で「図書館は,利用者の読書事実を外部に漏らさない」としている。しかしながら,学校図書館の場合どこからが外部なのかが曖昧だ。学校図書館の担当職員以外はすべて外部なのか,それとも学校の教職員は外部ではないのか。クラス担任は,受け持つ子どもの成績はもちろん健康状態や家族の状況など,多くのプライバシー情報を受け取り,それらを踏まえて指導を行っている。なぜ貸出記録はだめなのかと疑問に思っても不思議でないのかもしれない。
 けれども,自分が読んでいる本や読んでいるという事実そのものを知られたくないという子はいる。そうでなくても,指導とは無関係に読書を楽しみたいと思っている子は少なくないだろう。そういう子たちにとって,秘密を守ってくれない学校図書館は自分が読みたいものを自由に読める場所ではない。問題はどこからが外部かではない。読む自由を保障することは,子どもの気持ちを尊重するだけでなく,教育的な意義がある。貸出記録を利用しない読書指導のあり方について,もっと議論していく必要があるだろう。
(まつい まさひで:JLA図書館の自由委員会,長野県諏訪清陵高等学校・附属中学校図書館)

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Vol.112,No.8(2018.08)

読書記録は、思想信条に関わる「要配慮個人情報」である(天谷真彦)

「読者が何を読むかは,その人のプライバシーに属する」。図書館の自由に関する宣言では,個人の読書記録は内心を反映された思想信条に関わる「利用者の秘密」であるとして,外部に漏らさないことを謳っている。
 2015年に改正された個人情報保護法では,新たに「要配慮個人情報」の規定を設けた。本人の信条を含む「不当な差別や偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要する」個人情報と定義され,本人の事前同意を得ない第三者への提供は禁止されている。だが,一方で内閣府外局の個人情報保護委員会は「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」で,「情報を推知させる情報にすぎないもの(例:宗教に関する書籍の購買や貸出しに係る情報等)は,要配慮個人情報には含まない」としている。読書記録が「要配慮個人情報でない」というのは,不当な差別や偏見から国民を守ると謳う個人情報保護法の趣旨と矛盾するのではないか。
 厚生労働省によれば,思想信条にかかわり本来自由であるべき「購読新聞・雑誌・愛読書など」を採用選考時に尋ねることは就職差別につながる(「公正な採用選考の基本」)。同じ国の機関なのに,一方では「読書記録は推知情報であって,思想信条には関係ない」と主張し,他方では「何を読むかは,思想信条に関わるから聞いてはいけない」と言っているのである。  滋賀県でも,自治体の職員採用試験で読んだ本について尋ねることは,禁止されている。職員の読書記録は「思想信条に関わる」と認めておきながら,市民の読書記録は「思想信条とは関わらない」ということが,果たしてあり得るのだろうか。
 多くの自治体の条例には,個人情報保護法と同様「要配慮個人情報」の規定がある。読書記録は「条例での要配慮個人情報に当たる」と,各自治体は判断すべきではないだろうか。
 自由宣言の観点だけでなく,採用試験での先例をみるならば,図書館が保有する読書記録は,「要配慮個人情報」に他ならないことは,誰の目にも明らかである。図書館は,読書記録は思想信条に関わる「利用者の秘密」であると認識し,これを確かに守っていかなければならないのである。
(あまたに まさひこ:JLA図書館の自由委員会,守山市立図書館)

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Vol.112,No.7(2018.07)

プロフェッショナル 仕事の流儀 ―読書記録放映への対応 (平形ひろみ)

 4月23日のNHKドキュメンタリー「プロフェッショナル 仕事の流儀-運命の1冊,あなたのもとへ 書店店主 岩田徹」放送中に,学校図書館の図書カードが映し出された。そこには書名,複数の生徒名,学年,貸出日等がはっきりと読み取れる。
 図書館の自由委員会は,25日未明にNHKへ問題を指摘したメールを送った。本人の同意なしの読書記録の公開は看過できない,「内面の心の自由」への配慮を求めるとの内容に,夕刻には番組担当者から再放送の際には手直しするとの返信をいただいた。
 ここまでなら,いつも通りの委員会活動で終わるところだが,5月7日学校図書館問題研究会が,NHK番組制作担当者あてへ意見書を送付,自らのホ―ムページ上に公開した。プライバシーへの配慮を求めるとともに,学校図書館の現状と研究会の考えを伝えるためのもので,その中に堂々たる記述がある。

 図書館では,「図書館の自由に関する宣言」(日本図書館協会 1954年採択,1979年改訂)において,「読者が何を読むかはその人のプライバシーに属することであり,図書館は,利用者の読書事実を外部に漏らさない」ことを確認し,その実践に努めてきました。これはすべての図書館に妥当するもので,学校図書館も例外ではありません。

 学校図書館問題研究会の図書館の自由に関する要望・アピール活動は,ここ10年程度で5件目である。
 20年近く前,小学校から図書館に異動になった先生が,「宣言は図書館で最も重要」と言ってくれたことが懐かしく思い出される。今春には高等学校の先生が宣言のポスターを学校に貼りたいと言うので,手元の3本を提供した。学校関係者が宣言に関心を寄せている昨今の状況が素直に嬉しく,頼もしい。
 自由宣言は,問題と感じた当事者が自ら行動を起こし,共感する人々が広く知らせることで守られる。それこそ,図書館専門職としての「プロフェッショナル 仕事の流儀」である。
(ひらかた ひろみ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.112,No.6(2018.06)

ホームレスはどこへ~図書館から見えなくなったのはなぜ(西河内靖泰)

 かつて,ホームレスとおぼしき方の発する臭いに苦慮している図書館は少なくなかった。図書館への苦情やネットでの書き込みは,彼らに対する偏見や差別意識にあふれていた。その対応に苦慮する図書館の現場にいた私は,このコラムで幾度となく図書館とホームレスの問題を語り,皆さんにともにこの問題について考えてほしいと提起してきた。けれども以前より減ったとはいえ,相変わらずネットでは図書館からホームレスを排除しろとの書き込みが続いている。
 でも,実際の図書館では,私が現場で対応してきたようなホームレスに出会うことが少なくなってきた。この人たちは,どうしたのだろう。
 ホームレスの数は,厚生労働省の「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」によると,2017年は全国に5,534人で,2013年の8,265人から33%減っている。それまで,「自己責任」で片づけられていたホームレスの自立支援と予防を,「国の責務」とした「ホームレス自立支援法」(2002年)の結果であれば,それはそれでいいことなのかもしれない。
 だが,今はホームレスどころか貧困層の「排除」を,堂々と主張・公言する風潮が広がっている。図書館から彼らが見えなくなったわけは,図書館に来ることすらできない状況に置かれているからではないだろうか。ホームレスを攻撃する人たちは,多様性と寛容が基本である図書館を認めたくない,そんな意識だったのだろう。ホームレスの「臭い」は口実で,本音は,自分たちが気に入らない者には使わせたくなかったのではないか。
 かつては「排除する」「しない」でドタバタしていた図書館の現場でも,今は自立支援に具体的に取り組むところが出てきている。図書館は,人びとが生きるために必要な情報という権利を保障する機関である。知る自由を掲げる図書館の利用は,どんな人にも与えられている権利であることを,あらためて思い返したい。
(にしごうち やすひろ:JLA図書館の自由委員会委員長,下関市立中央図書館)

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Vol.112,No.5(2018.05)

「図書館の自由に関する宣言」が改訂された時代に思いを馳せる(冨田穰治)

 JLA図書館の自由委員会では,このたび,塩見昇氏(前JLA理事長)が『図書館の自由委員会の成立と「図書館の自由に関する宣言」改訂』を出版されたのを機に,当時を振り返る講演会を開催した。
 「図書館の自由に関する調査委員会」発足時の近畿地区小委員長や改訂宣言案の起草委員として,最前線で議論を主導してきた塩見氏から,自由委員会の成立や自由宣言の改訂に至る経緯や主要論点を伺うことができたことは大きな収穫であり,筆者としても大変勉強になった。
 1979年の改訂に至ったのは,1954年に採択されたものの,時折思い出される存在に過ぎなかった「自由宣言」が,図書館の日常に密接にかかわる,現実味を帯びた存在として再認識されてきたためである。公共図書館が,図書の貸出に際し保証人や印鑑を要求し貸出証交付までに何度も図書館に足を運ばせるというかつての権威的な姿勢から,市民が読みたい本を手軽に貸し出すといった姿勢へと,劇的な変化を遂げていたことが背景にあったという。「図書館の自由」とは,利用者の求めに積極的に応えることと表裏一体なのである。
 翻って現在の公共図書館では,非正規雇用や指定管理者等の問題など厳しい状況のなかで,図書館員の意識から図書館の使命への自覚が希薄になっているように感じる。図書館員としての意識が醸成されてこそ「図書館の自由」に目を向けられるとすれば,心許ない。
 先日,ピクサー映画『リメンバー・ミー』のエンドクレジットで,映画の主題であるメキシコの「死者の日」について,“To learn more, visit your local library.”(もっと詳しく知るには,お近くの図書館をお訪ねください。)と記されているのを目にした。米国では,図書館が最も身近な知の拠点として認識されていることを感じる。
 これからも図書館が持続して存在するには,図書館とは,教養を高め,知識を涵養し,知る権利を保障するための機関であるという社会的な認識が広がることが不可欠だ。「図書館の自由」の実践はその一歩である。
(とみた じょうじ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.112,No.4(2018.04)

新しい生活、どうしようと思ったら大学図書館へ(山口真也)

 2018年3月に開催された日本アカデミー賞授賞式で,最優秀主演女優賞を受賞した蒼井優さんが,「これから新学期が始まりますけど,学校がつらい方,新しい生活どうしようと思っている方は,ぜひ映画館に来てください」とスピーチしたことが話題になっている。
 このスピーチを聞いて,図書館関係者が真っ先に思い浮かべたのは,2015年8月に鎌倉市図書館が発信した「学校が始まるのが死ぬほどつらい子は,学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ」というツイートであろう。ただ,私にはもう一つ別に考えさせられることがあった。
 大学教員という仕事をしている私にとって,この季節は新しい学生たちを大学に迎え入れる時期である。新入生の中には,入学式の後,大学に来られなくなってしまう学生もいて,最近,そうした新入生が増えてきているような印象もある。電話で話を聞いてみると,朝,校門まで来たけどどうしても校内に入れない,今日は校内には入れたけど,教室の前で足が止まってしまう,ということもあるそうだ。新しい環境になじめない,大学に行くのがつらい,逃げ出したい――。そんな新入生にとって,大学の中にある図書館は大学と彼らをつなぐ場所になれるのではないだろうか。鎌倉市図書館のツイートを知ったときは大学図書館に結び付けて考えることはなかったのだが,今回の蒼井さんの「新しい生活どうしよう」という発言を聞いてそんなふうに考えたのである。
 以前,勤務大学の図書館の方から,「購入希望の中にライトノベルやBL本が含まれているけどどうしたものでしょうか?」と相談を受けたことがあった。私はその質問に,「大学生は行動範囲も広いですし,娯楽的なものは公共図書館でも読めるので,研究に関わるものでなければ資料要求は断って,図書館の使い分けを教えた方がいいですよ」と答えたのだが,それは正しかったのだろうか。鎌倉市図書館のツイートにあった「マンガもライトノベルもあるよ」というのは一つの比喩だろうが,大学の図書館が肩の力を抜ける居場所になり,少しでも大学が楽しいと思ってもらえたら,次のステップにつながることもあるのかもしれない。図書館にある多様な資料は,いま目の前にある苦しい現実だけが,世界のすべてではないと教えてくれることもあるだろう。
 自由宣言の副文には「あらゆる資料要求にこたえなければならない」とある。大学図書館でも,利用者の資料要求は大事にしたい。新入生を迎えるにあたって,自分自身の反省も込めて,そんなことを改めて考えさせられた。
(やまぐち しんや:JLA図書館の自由委員会,沖縄国際大学)

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Vol.112,No.3(2018.03)

映像情報を個人情報として扱うこと(佐藤眞一)

 刑事ドラマや法廷もので,防犯カメラの映像は,今やストーリー展開の上で欠くことのできない小道具と言えるだろう。車載カメラが捉えた暴走する車や,タクシー運転手に暴行する酔客の様子を伝える映像も,ニュースやバラエティ番組で見慣れた光景となってきた。駅や道路での積雪の状況を伝えるお天気カメラの映像は,今冬の風物詩になったのではないか。
 現在放送中の法廷ものドラマで,死亡した被疑者の冤罪を証明するため,防犯カメラ映像の確認に行く場面があった。弁護士がビルの管理人にカメラ映像の提供を求めて断られた直後,同行していたパラリーガルが土下座ならぬひれ伏して頼むと,しょうがないと見せてくれることになる。捜査権を持たない弁護士側であるパラリーガルの人物設定としては,見事な狂言回しと言ってもいいだろう。
 高性能の防犯カメラが低価格で入手できる現在,防犯カメラを個人宅に設置している方も増えているだろうし,近くの商店街や所属する町内会として街路に設置する場合もあるだろう。そこで,ひとたび周囲で事件などが発生すれば,カメラ映像の提供を求められる立場となる。その時,一度は法令順守を盾にして提供を断ったこの管理人のように,情にほだされて,しょうがないと見せていいだろうか。
 公立図書館は,一般的には各自治体の個人情報保護条例下,個人情報の取得や管理の手順を定めている。顔認証や歩容認証など科学捜査の手法により,映像は簡単に個人情報と結びつく。東京都も含め,個人情報に簡単に紐づけできるメールアドレス等の管理には厳格に対応している自治体も多いだろうが,公文書のみならず映像を個人情報として位置付けているかどうか,再点検する必要があるのではないか。
(JLA図書館の自由委員会, 東京都立中央図書館)

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Vol.112,No.2(2018.02)

「アクセスの自由」を保障するための「提供の自由」(村岡和彦)

 最近,図書館(公共・大学)ホームページ(以下,HP)の不具合のニュースをよく見かける。いずれも予算とメンテナンス技術の不足が原因とうかがえるものだ。図書館システム担当経験者としては,単純に非をあげつらうより先に必要な,取り組むべき改善課題の多さと重さの方に思いが至る。ところで従来のこうした案件の対処パターンは「WEBサーバーへの不正侵入→個人情報漏洩等→一時閉鎖・対処→HP再開」だったし,「図書館の自由」としては「個人情報漏洩」事案だった。しかし昨2017年11月初旬のある公共図書館の事例では異なる展開を見せた。
 その案件では不正侵入によるウィルスへの対処などを即座に行ったものの,当初から翌3月に予定されていたHPシステムの全面更新日までHPを閉鎖し続けることとなった。約10年前に構築したシステムを使用しているためセキュリティ対策に致命的な欠陥があり,今後「同様の攻撃を受けた際に防御しきれない可能性がある」との当該館の判断だという。このため同館では,HPでの利用案内などの広報サービスだけではなく,所蔵確認・予約など資料提供関連サービスの重要な部分が約5か月間使用できないこととなった。もちろん開館はしており,来館者向けの直接サービスに影響はない。しかし現在の環境では,情報を求める人はカーリルなども活用して利用できる複数の図書館やネット書店を検索し,必要度・時間・コストの比較からどのルートでその本(情報)を取得するかを選択することも多い。その場合にHPが休止することは,その図書館がなくなったのと同じとも言える。
 図書館から見ての「提供の自由」は,利用者から見れば「アクセスの自由」に他ならない。ネット活用が社会のインフラとなった現在,開館は当然として,HPの正常運用も「アクセスの自由」を保障する重要な枠組みとなっている。今更のようにそれに気付かされる事例だ。
(むらおか かずひこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.112,No.1(2018.01)

フィクションから、図書館の自由を考える機会に(津田さほ)

 2017年9月11日に放映されたTBS系ドラマ「十津川警部シリーズ3伊豆踊り子号殺人迷路」に,原作にはないこんなシーンがあった。自殺した殺人事件の加害者宅を家宅捜索した際,「練馬区立石神井公園図書館」と印字された図書館カードが見つかったため,読書傾向を調べるために十津川警部が図書館に行き,スタッフから数冊の本とカードを手渡されて去るというものだ。
 図書館が利用者の読書記録を第三者に伝える場面を描いたドラマが以前は時折放送された。そのたびに日本図書館協会が,視聴者に誤解を与えかねないと理解を求めてきたためか,このところ新たな事例は発生していなかった。
 フィクションではあるが,またこのようなシーンが描かれた背景に,すでに返却された資料でも図書館で簡単にわかると思われていることがあるとすれば,危惧すべき事態ではないだろうか。利用者自身で貸出履歴を活用できるシステムが導入されつつあるが,その場合も記録は暗号化して格納され,職員は参照できないことが理解されていないことも問題だ。
 図書館でのシーンでは,普通の利用者とのやりとりのように自然に資料が手渡され,緊迫感もなければ,上司への相談や書類のやりとりもなかった。死者だからといって,捜査令状の提示もなしに読書記録を開示することはあってはならない。
 見た人が少ないのか,このことが図書館界であまり話題になっていないことも残念に思う。貸出記録参照をサービスとして導入するか迫られたり,警察の捜査に直面したりする前に,フィクションに登場する図書館の有り様も一つの機会ととらえて,「図書館の自由に関する宣言」をいかに守り活かしていくか,今一度考え,積極的に利用者に伝えていきたい。
(つだ さほ:JLA図書館の自由委員会,鎌倉市中央図書館)

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Vol.111,No.12(2017.12)

研修講師に尋ねてみよう(田中敦司)

 ここ数年,日本図書館協会中堅職員ステップアップ研修(1)大阪会場で,図書館の自由の科目を担当している。自分なりに伝えるべきことを盛り込んでお話ししているつもりだが,受講生にどう伝わっているのだろうか。
 先日,ある図書館の職員の方から電話があった。だれだろうと考えながら出たところ,数年前のステップアップ研修受講生であった。大阪での研修でお話を聞きましたと言われて,そのときの会場や雰囲気がよみがえってきた。
 電話の内容は,そこで私が話した自館の事例について,具体的に教えてほしいというものであった。わかっている限りのことをお伝えして,電話を切った。
 ステップアップ研修に限らず,研修を受講したときには覚えているが,職場に帰ると記憶がどんどん薄れていくというのは,私にも経験がある。けれども,ふとしたきっかけで,そういえばこんな話があったなあと思い出しても,なかなか講師に尋ねようとは思わないことが多いのではないか。講師が高名な方なら一層敷居が高い。図書館協会の研修であり,かつ現場の図書館員が講師だったからこそ,電話してみようと考えてくれたのではないか。これこそ,当委員会が開かれた委員会である証しだと考えるのである。
 図書館の自由にかかわる事例は,いつも身近な小さなことから発生している。そうしたときに,研修のことを思い出して,講師だった自由委員会の委員に尋ねてみようと考えること。勇気のいることだったとは思うけれど,委員会の敷居を低く感じてくれたのなら,研修の成果があったと言える。
 今年の受講生にも,こんなふうに感じていただけただろうか。
(たなか あつし:JLA図書館の自由委員会,名古屋市西図書館)

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Vol.111,No.11(2017.11)

人名録は閉架書庫へ?(千 錫烈)

 司書課程の「情報サービス演習」では,現存の人物を探すためのレファレンスツールとして『人事興信録(2009年終刊)』,『日本紳士録(2007年休刊)』,『現代日本女性人名録』といった冊子体や,データベースの『who』などの人名録を紹介している。こうした人名録は経歴や肩書といった一般的な事柄だけではなく,学歴・趣味・宗教・家族親戚関係・住所などの個人に関する詳細な情報が記載されている。
 こうした人名録の説明をすると一人の学生が「個人に関する詳細情報を図書館で提供するのはプライバシー保護の観点から問題があるのでは?」という質問をしてきた。受講生全員に尋ねてみても半数がこの意見に賛意を示した。人名録は本人に内容確認や掲載許可をとって公に刊行されているものであり,「図書館の自由に関する宣言」の「図書館は資料提供の自由を有する」の制限事項である「人権またはプライバシーを侵害するもの」には該当しないことや,各自治体が定める個人情報保護条例などにも抵触しない旨を説明しても納得できない表情をする学生も少数ながらいた。
 残り半数の学生は「資料提供の自由」を優先すべきという意見であるが,そのほとんどは閉架書庫に移す方が望ましいと述べた。その理由を聞くと,「人名録を閲覧して個人情報を悪用する利用者がいるかもしれないから閉架にして提供に一手間かかる方がよい」といった意見が多かった。確かに2008年に起きた元厚生事務次官ら殺傷事件では犯人が図書館で人名録や職員録で住所を探し出したことが問題視されたことがあった。しかし宣言の前文に「すべての国民は,いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する。(中略)図書館は,まさにこのことに責任を負う機関である。」とあるように,図書館の本質的機能とは「利用者に対して迅速かつ的確な情報の提供」に努めることであり,人名録を必要とする利用者がいる以上は臆することなく資料を提供すべきであるし,自由かつ迅速に提供できる開架が望ましいと説明した。ほとんどの学生が納得してくれたが,卒業後に図書館員となった際にも資料提供の自由の重要性をしっかり意識し続けることを願いたい。
(せん すずれつ:JLA図書館の自由委員会,関東学院大学)

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Vol.111,No.10(2017.10)

学校図書館に求められるプライバシー・ガイドライン(鈴木啓子)

 図書館のプライバシー保護については,昨今のICT(情報通信技術)の進化と普及でガイドラインを考えていかなければならない時にきている。学校図書館においても貸出記録の取り扱いやその二次的利用などの新たな課題について,学校図書館問題研究会が利用者のプライバシーを守るガイドラインを検討している。
 この団体の「学校図書館のためのプライバシー・ガイドライン(案)」(以下,ガイドライン)の研究会に参加した。貸出記録が残るシステムの学校が多い一方,自治体で一括してプライバシーに配慮したシステムを導入している学校図書館があった。また,システムに性別を明記しないところや教職員は名前を入れずに教科と番号などにしているところもあった。
 ガイドラインは,学校図書館ならではのさまざまな問題に対応しているが,学校図書館は一様ではない。例えば,カウンター業務は図書館担当者が行うのが望ましいが,学校司書など職員がいない学校,いたとしても短時間勤務や週2~3回勤務という学校の現状がある。カウンター業務を児童・生徒図書委員が行う場合は,プライバシー保護の説明を行い,カウンターでのアクセス制限が必要である。予約や督促の連絡は,本人以外に連絡の目的や書名がわからないように配慮する。その手段はそれぞれの学校で最善の方法を考えることになる。また,読書指導を目的として利用記録をクラス担任などから求められた場合はどうするか,という問題もある。このような問題を考えるためのよりどころは,図書館が管理する個人情報や利用記録は,資料管理が目的であるという原則である。研究会では十分に時間がとれず,貸出履歴を活用したサービスに関する議論などが残されている。
 ガイドラインは,児童・生徒,教職員のプライバシーの保護はもちろん,「読む自由」と「知る自由」を保障することの重要性をあげている。このことが「学校における教育活動を支え,子どもたちの育ちと学びを支援し,豊かにすることにつながる」としている。学校図書館だけでは解決できない問題もあるが,プライバシー・ガイドラインが定められ,守られていくことを望みたい。
(すずき けいこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.111,No.9(2017.09)

「知的自由と現代図書館の役割」(鈴木章生)

 6月に埼玉県秩父市で開催された図書館問題研究会第64回全国大会では,冒頭,東京学芸大学教授の山口源治郎氏による基調講演「知的自由と現代の図書館の課題-歴史的視点から考える」があった。秩父は,言うまでもなく,「図書館の自由に関する宣言」成立の端緒となった秩父市立図書館事件(1952年)が起きた地である。図書館の自由の歩みを振り返るとともに,それを巡る今日的課題を考えるのには絶好の機会となった。
 図書館現役世代にとって,自由宣言成立の頃の社会情勢は「本の中の世界」のことである。知的自由と図書館を巡る課題は,時代の流れとともに多様かつ複雑な様相を見せており,個々の事象に頭を悩ますことが多いが,図書館界が打ち立てた基点に立ち返り,物事を俯瞰的にとらえることの大切さを感じた。
 山口氏の講演は,歴史的な経緯にとどまらず,知識への自由なアクセスとともに,その知識を多様な観点から相対化するプロセスを保障する,多様にグローバルにつながる情報空間としての現代図書館の可能性に言及した。海外に目を転じれば,アメリカ図書館協会が,地域住民と図書館界との契約として表明した「図書館:アメリカの価値」(1999年)において,「多様性の反映」,「可能な限り全幅の見解,意見,思想の提供による民主主義の賞揚と保持」※等,コミュニティにおける図書館の役割について,知的自由の側面から踏み込んだ方針を示している事実がある。
 特定の人種や民族に対しての差別や憎しみをあおる言説が飛び交い,個人のプライバシーや内心の自由が危機にさらされることが懸念される法制が成される時代にあって,図書館はいかに知的自由を保障し,発展させうるのか。山口氏の講演では,図書館界はピノキオ問題の議論を通じて,市民参加による多様な意見の交換を経験しており,この事実は現代的に評価されうると指摘された。図書館と図書館の自由に関わる者として,とても重たい宿題を預かった思いである。
※ 『図書館の原則 改訂4版』(アメリカ図書館協会知的自由部編纂,川崎良孝ほか訳,2016年)
(すずき あきお:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.111,No.8(2017.08)

「図書館は子どもの言うことをきけ」(喜多由美子)

 1992年のことだったと思う。小さな分室があった。そこは子どもたちの遊び場であり,地域の人にとっても憩いの広場だった。しかし,たった8,000冊の蔵書では利用者のニーズをまかないきれるものではないので,積極的に予約を活用し,この世に存在しないもの以外は探し出すを合い言葉に,資料の提供を行っていた。子どもたちにもその姿勢は伝わっていたと思う。何でも探し出してくる司書はそれなりに信頼感を得ていたと思う。
 ところが,その信頼を裏切る出来事がおこってしまった。小学校6年生の女の子から,テレビで放映されていた『風の谷のナウシカ』のアニメ本の予約があった。しかし,選書会議でアニメ本を蔵書に加えることは図書館としてふさわしくないという理由で,却下されてしまったのだ。館の方針には逆らえず,悩んだ末,私は予約をした女子に要望には応えられないことを伝えた。
 すると,彼女と彼女のまわりの女子たちの反発はすごかった。内容に踏み込まず,アニメという表現形式だけでダメだというのはおかしいというのだ。行動力も半端ではなかった。学校や分室で署名運動が始まった。「図書館は子どもをバカにするな。図書館は子どもの声をきけ」とあった。次の日曜日に,女の子が二人,中央館まで直談判のためやってきた。自分たちはこの本が読みたい。悪い本だと決めつけないでほしい,遊び半分でカードを書いたわけではない。図書館のやろうとしていることはおかしい。子どもの声もしっかり聞いてほしいと訴えた。
 話し合いの末,彼女たちの要求は聞き入れられた。対応した職員は興奮して言った。これを無視したら,図書館は誰からも信頼されなくなるだろうと。1994年,児童書の選書基準を策定した。このことを教訓として,そこには「子どもの要求をきく。」とはっきり書き込まれた。
(きた ゆみこ:JLA図書館の自由委員会,八尾市立志紀図書館)

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Vol.111,No.7(2017.07)

「プライバシー・表現の自由の重大な危機」(伊沢ユキエ)

 国連プライバシー権に関する特別報告者のジョセフ・カナタチ氏が,いわゆる「共謀罪」法案について,プライバシーや表現の自由を制約する恐れがある,犯罪の「計画」や「準備行為」が抽象的で恣意的な適用の恐れがある,との書簡を首相あてに送ったことが報道され国会でも焦点になった。立法事実の根拠が「国際組織犯罪防止条約」の批准と言われる中,同じ国連関係者からの指摘である。
 一般市民は対象にならないと説明されても,テロや組織犯罪行為には関係がなく幅広い適用範囲を示しているところが怖い。治安維持法のとき「横浜事件」では温泉旅行の集合写真が秘密結社の集会とされ関係者が芋づる式に検挙されていった。現在ではSNSのつながりが共謀した事実とされかねない。LINEは4月24日に捜査機関からの情報開示請求に関する報告を出した。2016年7~12月に国内外の捜査機関からの1,719件の請求に997件(58%)応じたと報告された。令状による開示が前提ではあるが緊急の場合は令状なしでも開示したとされる。カナタチ氏は書簡の中で,日本の裁判所が簡単に令状を出すことも指摘している。
 法案は市民の知的自由を保障する図書館として看過できない。図書館九条の会は『内心の自由を奪う共謀罪法案の廃案を求めるアピール』(2017/4)を,また『図書館問題研究会は「共謀罪」の創設に反対します』(2017/5/14)の声明も出された。表現の自由があってこそ多様な資料を提供することができる。利用の秘密が守られて自由な考えを創造することができる。
 おりしも4月,千代田区立千代田図書館は「検閲官-戦前の出版検閲を担った人々の仕事と横顔」の展示で戦前の出版統制の実態を追っていた。一昨年夏,県立長野図書館で開かれた「発禁1925-1944;戦時体制下の図書館と知る自由」を継ぐ内容であった。かつて思想の自由を制約した時代の反省にたって「図書館の自由に関する宣言」が採択された歴史がある。今,図書館だからこそ提起できることは多くある。
(いざわ ゆきえ:JLA図書館の自由委員会,横浜市中央図書館)

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Vol.111,No.6(2017.06)

「改築のための休館、そのとき住民の知る自由は?」(天谷真彦)

 昨年9月から2か月間,勤務先の図書館が休館した。施設の全面改築を行うためである。守山市立図書館は1978年に県内で戦後最初の公立図書館として建てられ1989年に増改築,開館以来38年間同じ施設で図書館活動を展開してきた。新しい図書館の開館は2019年7月予定となっている。11月2日,改修された市内の空き施設に移転して仮設図書館での運営がはじまった。新館への引越しまで1年以上,この550㎡の図書館が8万人の市民の利用する施設となる。それまでは約2,700㎡の建物だったのだから,大きな変化だ。
 休館している2か月間,住民は図書館が利用できなかった。隣接市の図書館が利用できる広域協定はあるものの,他市の利用者のリクエストは受け付けていないため,我がまちの図書館と同様というわけにはいかない。現在も蔵書の大半は業者が管理する倉庫に保管しており,ごく一部を貸出に供しているところである。集会機能はなく,館内でのインターネット利用も休止せざるを得なくなった。わずかな資料と狭い施設という条件の中でどれだけのサービスをしていけるのか,また住民がどれほど図書館に足を運んでくれるのか,引越し期間中は不安な思いでいっぱいだった。
 しかし,開館してみると意想外に多くの住民が訪れた。机も椅子も十分にない開架室が人であふれた。開架にない資料は他館から借り受けて提供した。住民の,図書館に対する期待の強さを感じた。住民の知る自由を保障する機関は,その自治体の図書館しかないのだ。
 ある新聞は当館の改築計画を次のように取り上げた。曰く有名建築事務所が設計,県内では珍しい自習スペースの設置云々。今までにない新奇なものが記事になるのは当然かもしれない。しかし資料を提供するという基本的なサービスがあって,それを支える形で新たな機能,設備を整備するのである。
 守山市は改築により今までの運営を続けられなくなったため,苦肉の策として小さな図書館を運営することを決定した。それによって図書館職員は資料提供の重要性を見つめ直すことができた。来年新館が竣工すれば,仮設図書館を閉館し数か月の準備期間に入る。その間もまた,自治体の図書館として住民に大きな負担を強いることになる。「図書館の自由に関する宣言」前文第2項「すべての国民は,いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する。この権利を社会的に保障することは,すなわち知る自由を保障することである。図書館は,まさにこのことに責任を負う機関である」,このことを肝に銘じ,長年培ってきた住民の信頼を失うことのないよう新館の準備にあたりたい。
(あまたに まさひこ:JLA図書館の自由委員会,守山市立図書館)

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Vol.111,No.5(2017.05)

「学校図書館にもっと図書館の自由の視点を」(松井正英)

 文部科学省が,昨年10月に「これからの学校図書館の整備充実について(報告)」を公表した。「学校図書館の整備充実に関する調査研究協力者会議」が,学校図書館の運営の視点や学校司書の資格・養成等の在り方について検討した結果をまとめたものだ。そこには,学校図書館や学校司書が教育活動において果たす役割について明記されている。
 では,図書館の自由についてはどのように触れられているかと探してみた。「自由な読書活動」「児童生徒や教職員の情報ニーズに対応」など,それに関わる表現は何か所か出てくる。ほかにも,特別支援やアクティブ・ラーニングの観点からニーズに応えるという文章もある。ただ,「図書館の自由」や「知的自由」という文言そのものは出てこない。それに,ニーズに応える理由を教育目的や効果という観点からだけ説明していて,児童生徒や教職員の知的自由を保障するという視点が感じられないのだ。
 学校だから教育目的や効果を考えるのは当然だ。けれども,図書館サービスの根本に知的自由の保障があることを見据えていないと危うい。学校における資料制限は,多くの場合,教育的な理由によるからだ。しかし,豊かな学びは,知る自由や読む自由の上にこそ積み上がる。
 図書館の自由の観点が希薄なのは,学校司書のモデルカリキュラムでも同じだ。本来は「学校図書館概論」や「学校図書館サービス論」で取り上げるべきだが,内容にはその文言が出てこない。司書資格と共通の「図書館情報資源概論」で触れられるくらいかもしれない。
 文部科学省の調査では学校司書の配置は年々増加しているものの,司書有資格者は半分を少し上回る程度である。今後は学校司書のカリキュラムだけを履修する人も出てくるかもしれない。図書館の自由の問題に敏感でいるためには,そのことについて学ぶ機会が欠かせないし,何より学校図書館を考えるにあたって,もっと図書館の自由の視点が必要である。
(まつい まさひで:JLA図書館の自由委員会,長野県茅野高等学校図書館)

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Vol.111,No.4(2017.04)

「「政治的中立性」と「図書館の自由」は対立するか?」(山口真也)

 昨年(2016年)のはじめ頃の出来事である。ある高校の司書からこんな話を聞いた。
 「図書館だより」の新刊案内欄でSEALDsの本を掲載したら,管理職からクレームがあった。紹介文に「安倍政権の暴走に対して若者が立ち上がった」とあったのが偏っているからダメ(蔵書としてふさわしくない)ということらしい。
 同じような話は,それからすぐ,別の地域の中学校の司書からも耳にした。「18歳選挙権」スタートに伴う「政治的中立性」の学校現場への要請が図書館にも影響を及ぼしていると思われるが,こうした要請に応じることは,図書館の自由の立場からみても,政治的中立性の解釈からみても問題が大きい。
 2015年10月,文科省は「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」という通知文書を公表している。そこには「教員は個人的な主義主張を述べることは避け,公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」と書かれている。学校現場では,この説明が独り歩きし,政治的な問題を口にすることさえもタブーとされているような空気があるという。しかし,この文書は,あくまでも教師が“主義主張をする”ことを抑制するだけであり,政治的な話題を授業等で取り上げることまで禁止しているわけではない。また,同文書には「多様な見方や考え方のできる事柄,未確定な事柄,現実の利害等の対立のある事柄等を取り上げる場合には,生徒の考えや議論が深まるよう様々な見解を提示する」とも書かれている。学校内に多様な政治的言論が存在することはむしろ必要なことととらえられているのである。
 子どもたちの考えや議論が深まるような「様々な見解」は,当然のことであるが,教師からだけでなく,図書館の資料を通しても提示できる。「図書館の自由に関する宣言」には「多様な,対立する意見のある問題については,それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する」とあり,このことは学校図書館にも当てはまる。いま学校教育に求められている政治的中立性と図書館の自由は,何ら対立関係にはない。
 政治的中立性をめぐる昨今の学校現場の混乱を前にすると,もしかすると,教師よりも学校司書をはじめとする学校図書館員の方がこの問題を長く考え続けてきた,と言えるかもしれない。学校図書館は,いまだからこそ,日々の資料提供を通して,政治的中立性の本来の意味を発信していくべきだろう。
(やまぐち しんや:JLA図書館の自由委員会,沖縄国際大学)

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Vol.111,No.3(2017.03)

「フェイク・ニュースと図書館」(井上靖代)

 トランプ大統領が就任した。米国のメディア,ニューヨーク・タイムズがその就任演説の解説を行い,事実かどうかを検証している。この選挙期間中,多くの「怪しい」ニュースがSNSをめぐりまわっていたらしい。ピザ屋の地下で,クリントン派によって児童虐待が行われているとの偽ニュースを信じて乗り込んだ男もいた。大統領選挙関連だけでなく,テロや災害の際にも「怪しい」ニュース,あるいは偽ニュースが電子情報となって広がっている。日本では,熊本地震の際に動物園からライオンが逃げた,と偽ニュースを流した犯人が逮捕されている。フェイスブックでは真偽の程度により,色を使って識別しようとしているらしい。だが,その真偽のほどはどうやって評価し,判断するのだろう?フェイスブックが独自に判断して提供するかどうかを決めてしまうのだろうか?
 IFLAでは,利用者への情報リテラシー喚起が必要であるとして,HPで偽ニュースの見極め方を掲載している。偽ニュースかな?と思ったら,まず情報源を確かめよう,それから見出しの下の内容をしっかり読もう,著者は誰か,そのニュース内容を示すほかの情報源を確認する,ニュースの日付を確認する,風刺ではないかと疑ってみる,などと示している。最後に専門家に相談しよう,としている。図書館司書は情報探索の専門家である。
 このニュース,ホンマか?と疑ったら図書館へどうぞ。偽ニュースを見破る専門技術をもつ司書が待ってます。でも,司書自身も資料の裏付けがなくては見破れません。そのためにも図書館では多様な資料情報を収集し,提供しているのです。あなたの図書館では偽ニュース対策していますか?
(いのうえ やすよ:JLA図書館の自由委員会,IFLA/FAIFE委員)

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Vol.111,No.2(2017.02)

「「収集の自由」は制限条項を持っていない」(村岡和彦)

 まもなく迎える「自由宣言」1979年改訂40年へ向けて,自由委員会の歴史を振り返る資料作成を始めている。その過程で改めて感じ入るのは,宣言本文「第2 図書館は資料提供の自由を有する」の副文1に設けた制限条項冒頭の「(1)人権・プライバシーを侵害するもの」の拡大解釈の進行と,それに対する委員会の危機感だ。
 1998年の「〈参考意見〉『文藝春秋』(1998年3月号)の記事について」(http://www.jla.or.jp/portals/0/html/jiyu/bunshun.html)は,いったん定められた「提供の自由」への制限条項について,その発動条件を極力厳しく設定する規程だ。「人権・プライバシー関連の問題」であれば「提供の自由」は容易に制限しうるという拡大解釈が拡がる中で,この「制限を制限する」という一見矛盾する追加規程が産み出された。1979年改訂では必要なものとして例外的に付加された制限条項としての「人権・プライバシー」条項は,改訂から19年を経た1998年の段階では例外とは言えないような運用がされていると当時の委員会は判断していた。
 そして今日,このような「人権・プライバシー」による「自由」制限の独り歩きは,本来想定されていた「提供の自由」の範囲に止まらず「収集の自由」へも越境してきている。ネットで閲覧できる各図書館の「収集方針」では,「人権・プライバシーを侵害する」資料は「収集しない」としている事例が少なくない。
 1979年改訂の取り組みは,いわゆる「部落地名総鑑」の存在が「発覚」した1975年の少し前にはじまり,改訂作業はそれへの日本社会としての対応と並行していた。本来は例外を認めない筈の「図書館の自由」原則だが,「人権・プライバシー」条項(提供制限の容認)は,1970年代の緊張感の中でぎりぎりの選択として生まれた。その制限は,「提供の自由」に限定されており,「時を経ての改訂」を前提としており,誕生後19年にしてその発動条件に厳しい制限を設けた。この来歴を,今一度確認しておきたい。
(むらおか かずひこ:JLA図書館の自由委員会)

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Vol.111,No.1(2017.01)

「図書館長の責任:特定図書の取扱いについて」(山本宏義)

 数年前,ゼミの学生と一緒に,指定管理者が管理運営を行っている図書館で,特定図書の取扱いが,どのように判断され,扱われているかを調べたことがある。政令市,特別区を除いて,指定管理を行っている一般市83自治体に調査票を送り,59自治体から回答を得た。ここでいう特定図書は吉本隆明著『老いの超え方』朝日新聞社2006と同文庫版 朝日新聞出版2009である。質問は四つ。(1)所蔵の有無,(2)扱い方,(3)扱い方の最終決定者,(4)協定書に資料の取扱いについて記載されているかどうか。
 まず(1)は,「一方のみ所蔵」が34,「両方所蔵」が1で,所蔵している図書館は合わせて35で,全体の59.3%である。(2)所蔵している35のうち,a「特別な対応はしなかった」が18(51.4%),そのうち「差別表現があるのを知らなかった」と注記されていたのが2である。b「出版社からの告知文を貼付したのみで,特別な取り扱いはしていない」が12(34.3%)であった。そのほかc「閉架に移した」が4,記載なしが1であった。次に(3)の取扱いの決定者はa「図書館長」と答えたのが一番多く23(65.7%),b「図書館長が案をつくり,所管部局と協議の上決定」が5,c「指定管理者団体の責任者」が4,d「全館選定担当者による選定会議」との答えが1,eその他「差別表現があるのを知らなかった」が2という結果であった。
 ここで,注目したいのは,取扱い方の良し悪しではなく,図書館長がきちんと判断できているかどうかである。図書館における資料の取扱いの最終責任者は図書館長であり,図書館長としての重要な任務である。上の結果を見ると,図書館長が判断しているのが7割弱であるが,指定管理者という立場から,「図書館長が案をつくり,所管部局と協議の上決定」の5を加えると,図書館長が判断していると言えるのは8割である。しかし,残りの2割,「指定管理者団体の責任者」が決定とか,「差別表現があるのを知らなかった」というケースは,図書館長として失格といわざるを得ない。
 今回は,指定管理下の図書館のみを対象とした調査であったが,図書館長の責任という点では,設置者が直接管理をしている図書館においても同様である。
 出典:山本宏義「指定管理者管理下の図書館における特定図書の取扱いについて(その2)」『関東学院大学文学部紀要』第128号 2013年7月25日
(やまもと ひろよし:JLA図書館の自由委員会,日本図書館協会副理事長)

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