日本図書館協会図書館の自由委員会声明・見解等神戸高校旧蔵書貸出記録流出について(調査報告

2015年11月30日

公益社団法人日本図書館協会 図書館の自由委員会 

神戸高校旧蔵書貸出記録流出について(調査報告)

1 概要

 2015年10月5日、『神戸新聞』夕刊に「村上春樹さん 早熟な読書家 仏作家ケッセルの長編 高1で愛読」の見出しで、村上氏が在学していた県立高校の本から同氏の貸出記録が出てきたことが報じられた。中見出しには「母校神戸高に貸し出し記録 蔵書整理の元教諭が発見」とあり、“「村上春樹」と記名された帯出者カード”と“村上春樹さん”、“ケッセルの全集から村上春樹さんの痕跡をみつけたNさん”の写真が掲載されている。電子版『神戸新聞NEXT』にも同内容のテキストが掲載され、さらに“村上春樹さんが書いた3枚の図書カード”の写真も追加情報として掲載された。いずれも、同じカードに残る他の生徒の名前もはっきりと見てとれる。村上春樹氏は1964年4月に兵庫県立神戸高等学校に入学しており、当時、同校はニューアーク式−借りるときは本の内側のポケットにある図書カードに氏名を記入する−貸出方式であった。
 図書カードの掲載に疑問を呈する投稿がネット上にあいつぎ、『神戸新聞NEXT』では、翌日には3枚の図書カードの写真掲載を中止、その後、紙面に掲載した1枚のカードも掲載を中止した。また記事データベースでは紙面イメージ掲載を中止してテキストデータのみとした。なお、『神戸新聞NEXT』は有料会員が全文を読むことができるが、無料会員は限られた部分しか読むことができない。
 日本図書館協会には、「図書館の自由に関する宣言の第3図書館は利用者の秘密を守る、に抵触するのではないか」、と対処を求める問い合わせが複数寄せられた。図書館の自由委員会では10月13日に神戸新聞社、10月26日に兵庫県立神戸高校を訪問して事情を調査した。

2 神戸新聞社の説明要点

 通常は図書館の読書履歴を報道しないが、村上春樹氏は単なる私人にとどまる存在ではなく、その動静が社会的に注目を集めている上、村上春樹氏が若い時にどういう本を読んでいたかを、ノーベル文学賞発表前に伝えることは公益性が高いと考え報道した。
 図書カードは、村上氏が50年前にフランス文学の本を読んでいたことのわかる直筆の資料として研究に資する可能性があると考え、ありのまま掲載すべきだと判断した。
 電子版は紙版を補足するものとして考えており、紙版には掲載しなかった3枚のカードも掲載したが、反響が大きかったため、10月6日(記事の翌日)午後2時から紙面と同じ写真に統一した。他の人の名前を隠さなかったのは配慮を欠いた。

3 神戸高校の説明要点

 倉庫の古い図書を兵庫県立図書館40周年記念事業に寄贈しようと1万冊以上を送ったが、量が多いこともあり県立図書館は残りの引き取りを中断、また県立図書館が不要と判断した本も送りかえしてきた。ボランティアで校史編纂などをしている旧職員が、それらの本の中に村上春樹のカードが残っているのを発見し、貴重な資料だと神戸新聞社に情報提供した。
 倉庫にあった旧蔵書は20年以上前に除籍処分をしたもので、その備品台帳もすでにない。廃棄予定だがまだ校内に残っていたものである。
 学校としては、寄贈する際に図書カードを抜いておくべきだったと反省している。また、旧職員といえども外部の人であって、見せてしまったことを反省している。
 個人情報保護条例に関しては、成績情報の管理などは厳しく言っているが、読書履歴については言及していなかった。今後このようなことが起きないよう情報管理の徹底をさらに図っていく。

4 図書館の自由委員会の考え方

 「図書館の自由」は、憲法21条で保障する基本的人権としての表現の自由に根拠をもち、何を読んだか、何に興味があるかは「内面の自由」として尊重されることが民主主義の基本原則である。図書館が利用者の秘密、プライバシーを守るのは、それが自由な読書を保障して知る自由を守るために不可欠だからである。
 利用者の読書事実は、図書館が職務上知りえた秘密であって、図書館は適切に管理しなければならない。また、個人情報保護法制上からも、正当な収集と適正な管理が義務づけれられ、本人同意なしの第三者提供は認められない。本事案では、神戸高校が旧蔵書を廃棄する際、利用者の読書事実を示す図書カードを適切に処分すべきであったと考える。
 「図書館は利用者の秘密を守る」のは、図書館活動に従事するすべての人びとが守らなければならないことである。また、県立学校の職員であれば地方公務員法上の守秘義務により秘匿すべきことでもある。本事案は、学校図書館にかかわる案件であり、図書館活動に従事する人びとを所掌しまた学校運営全体を所掌する学校長がこの条項について理解を深めて適切に指導すべきであったと考える。
 図書館利用者の読書記録を本人の同意なしに公表することは、利用者のプライバシーの侵害となる。本事案では、神戸新聞社が図書カードを適切に入手していたとしても、カード上に記載された本人の同意を得ずに報道することは是認できない。
 名前の残る図書カードの写真が電子版に掲載されたことにより、のちに掲載を取りやめても、画像そのものはインターネット上に残されている。インターネット情報のこのような特性を理解し、写真の掲載にはより慎重であってほしいと考える。
 学校図書館は、利用者が内面の自由を侵されることなく安心して利用できるよう、宣言の理念に基づいた図書館サービスを展開してほしい。また、今回の事案を契機に、生徒と教職員など関係者に図書館の自由の理念への理解を深めていただきたい。
 新聞社にあっても、図書館と同じく文化の発展に寄与することをめざし、基本的人権をまもり育てるものとして、ともに図書館の自由の理念への理解を深め広げていただきたい。

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