日本図書館協会図書館の自由委員会大会・セミナー等>1998年秋田大会

全国図書館大会 第84回(平成10年度) 秋田大会 第9分科会 図書館の自由

とき 1998年10月22日

会場 秋田県 協働大町ビル

テーマ 資料提供とプライバシー保護 Part2


大会への招待 (『図書館雑誌』vol.92,no.9より)

 神戸の小学生殺害事件の容疑者少年の検事供述調書を掲載した『文藝春秋』98年3月号についてNHKテレビは全国の都道府県立図書館の提供状況をニュース報道した。『フォーカス』97年7月9日号以来,プライバシーに関わる出版物を図書館が提供することの意味に社会的関心が向けられてきたことを象徴する報道だった。
 当該記事について,日図協図書館の自由に関する調査委員会は常務理事会の討議を踏まえて論点を整理し,日本図書館協会の「参考意見」(2月13日公表,都道府県立図書館に送付)に反映した。また,堺市で幼稚園児ら3人を殺傷した19歳少年の顔写真と実名を報道した『新潮45』98年3月号については,前記の『フォーカス』について公表した見解と同様とした(本誌3月号)。なお報道された少年側は,少年法に関わる名誉棄損・プライバシー侵害事件としては初めて出版社等を告訴した。
 日図協の対応については法律,メディア研究者から一定の評価を受けている(『新聞研究』5月号p58,『ジュリスト』6月15日号p.54)が,『三島由紀夫−剣と寒紅』の提供制限事例が報告されたり(本誌5月号),広く人権を侵害する出版物や違法な出版物の提供を館長判断で制限しうるとして検討手続き等を定めた要綱が作成・公表される(群馬県立図書館,3月)状況を踏まえ,論議と学習を継続することが求められている。
 富山県立美術館の天皇コラージュ作品売却・図録焼却訴訟で,原告住民側証人の横田耕一教授(九州大・憲法)は,美術作品を鑑賞する権利は「国民の知る権利として憲法で保障されている」もので,「公金で作品を購入した公立美術館としては広く公開する義務がある上,例え不快を示す人がいたとしても,物議を醸し,議論を提示するべき」と美術館の法的使命に言及して証言した(富山県版朝日,読売新聞3月5日付)。県立図書館の図録破棄問題で進展はないが,図書館への提言としても受けとめられる証言である。

報告(1): 図書館の自由をめぐる最近の動き

三苫正勝氏(JLA図書館の自由に関する調査委員会・全国委員長)

 この1年間の図書館の自由に関する事例と動向をふりかえり,委員会の討議と対応を報告する。

報告(2):資料提供をめぐる大学図書館の現状 ―『文藝春秋』『新潮45』等の事例から―

 伊藤淳氏(順天堂大学図書館)

講演 : 図書館の資料提供とプライバシー保護  ―憲法学の立場から―

右崎正博氏(独協大学教授・憲法―表現の自由)

 出版物により,個人の名誉・プライバシーを侵害したとして損害賠償に止まらず出版差し止めの司法判断が出されるケースが増えている。報道倫理を求める世論の高まりを背景に,国や裁判所が出版社に回収を勧告する異例な事例も続いた。国民の知る自由(権利)を資料提供によって保障する公的機関としての図書館は,情報を商品として生産する報道機関や出版社,また,同じく商品として出版物を販売流通する書店とは社会的役割を異にする。

 昨年に続き,今年は憲法研究の専門家に表現の自由をめぐる論議の状況と,図書館固有の社会的役割についてお話しいただく。

 各報告と講演後には,経験の交流と質疑・討議のための時間を設定する。

 (山家篤夫/やんべあつお : 東京都立日比谷図書館)


大会ハイライト 『図書館雑誌』vol.93,no.1より

第9分科会 図書館の自由 資料提供とプライバシー保護(2)  (西河内靖泰)

 『フォーカス』(1997年7月9日号)以来,プライバシーに関わる出版物の図書館での提供について論議が続いてきたが,本分科会は昨年に引き続き「資料提供とプライバシー保護」とのテーマを設定した。分科会は,午前はJLA図書館の自由に関する調査委員会および大学図書館関係者からの報告,午後は表現の自由・情報公開等の問題に詳しい憲法学者による講演が行われ,各々の報告・講演を踏まえた論議もなされた。参加者は90名ほど。
 まず,三苫正勝・JLA図書館の自由に関する調査委員会全国委員長から,この一年間の図書館の自由をめぐるさまざまな事例についての報告があった。図書館への社会的関心が高まっていることの反映としてさまざまな問題や事件が起きる中で,市民の「知る権利」を保障する図書館の立場を堅持するためには,専門性をもった館長や図書館員の主体的判断や力量が問われているとの問題提起があった。
 続いて,伊藤淳氏(順天堂大学図書館分館)から,資料提供をめぐる大学図書館の現状について『文藝春秋』『新潮45』等の取り扱い事例の調査をもとにした報告があった。多くが何らかの提供制限を行った公共図書館とは違い,制限をした大学図書館は調査の範囲では1,2程度。制限しないのは何も積極的に提供すべきだと考えてのことではなく,多くのところがそれ自体が問題となっていたことを何ら意識していなかったことによるものではないかとの考察が述べられた。これまでなかなかうかがい知ることのできなかった大学図書館の対応事例についての貴重な報告であった。
 午後は,右崎正博・獨協大学教授から,憲法学の立場から図書館の資料提供とプライバシー保護についての講演があった。表現の自由の現代的意義と構造変化,プライバシー権の今日的意義について触れ,図書館の資料提供が国民の知る権利を充足するために不可欠であるとしたうえで,表現の自由とプライバシー保護の調整基準が提起された。資料提供による個人のプライバシー侵害が問われる一方で,提供制限すれば逆に市民の情報アクセスへの制限となり,どちらにしても法的責任をともなう可能性がある。だが,両者を画然として明確に線引きすることは難しく,その問題解決の手がかりとしてマスコミ報道における名誉やプライバシー侵害に関しての凡例を紹介され,今後の対応について示唆された。そして,市民の「知る権利」に応える図書館の社会的責務から導かれる職業倫理の確立と明確化を求められた。
 すでに私たち図書館人は,「図書館の自由に関する宣言」(「自由宣言」)とともに「図書館員の倫理綱領」(「倫理綱領」)を掲げ,それらを一体のものとして,日常の図書館活動の中で普及と定着をすすめてきたが,「資料提供とプライバシー保護」という今日的課題に直面して,その持つ意味の重さを再認識させられることになった。参加者からの質疑応答や全体討議でも,それぞれの現場で悩み苦労しながらも,「さまざまな資料の提供こそが図書館の本質的役割である」という原則を貫き続けることの重要性についての意見が相次いだ。
 「資料提供」という図書館の仕事をきちんと続けるためには,プロとしての職業倫理に基づいた主体性を示しながら,それを社会的な合意としていくための努力を続けなければならないことを確認させられた分科会であったように思う。

(にしごうち やすひろ : 荒川区立南千住図書館)