日本図書館協会図書館の自由委員会図書館の自由に関する宣言宣言解説2版刊行の経過「自由宣言」解説の改訂について(概要)

2003.11.28 全国図書館大会第7分科会資料

「自由宣言」解説の改訂について(概要)

三苫 正勝

1 改訂の必要性

 今回、解説を再度改訂する必要に迫られた最大の理由は、「宣言」第2の「資料提供の自由」に関して、副文に、提供が制限される場合も「極力限定して適用」されるべきものとして挙げてある「人権またはプライバシーを侵害するもの」について、近年その前提が無視されて、安易に提供制限が行われ、それがあたりまえのように定着しかねない傾向があることへの危惧である。
 そのほか、図書館の発展と図書館活動の活発化に伴う、図書館の自由にかかわる問題や事件の増加と多様化に対応する解説の補訂である。

2 改訂項目

§[宣言の採択・改訂とその展開]

(この章では、前回の改定以降の情勢と事例研究の蓄積を書き加えた。)

 @ 図書館の自由をめぐる問題の新たな局面(p.14〜)
 A 『解説』改訂の意義(p.16)

§[宣言の解説]

(この章の見直しと増補が今回の改訂の重点である。)

B 公平な権利(p.20)
 C 人権またはプライバシーの侵害(p.24〜)
 D わいせつ出版物(p.26)
 E 寄贈または寄託資料と行政文書(p.26〜)
 F 子供への資料提供(新項目)
 G 資料の保存(p.27)
 H 資料提供の自由と著作権(新項目)
 I いわゆる「公貸権」(新項目)
 J 著作権侵害が確定した図書館資料の取扱い(新項目)
 K (第3の前文)「最近の事例としては、‥‥事件がある。」(p.29)
 L 貸出し記録の保護(p.30)
 M 利用事実(p.30〜)
 N 外部とは(p.31〜)
 O 図書館と検閲(p.33〜)
 P 検閲と同様の結果をもたらすもの(p.35)
 Q インターネットと図書館(新項目)
 R 不利益処分の救済(p.37)

§[法令の関係条文]

§[図書館の自由に関する調査委員会規程]

 (規程を廃止して、「図書館の自由委員会内規」(2002)として制定。)

§[A statement on intellectual freedom in libraries, 1979(JLA)]

 (全面的に改訳する。)

§[参考文献]

§[あとがき]

§[索引]

このページの先頭に戻る

3 改定案の論点

 C人権またはプライバシーの侵害

o解説に「特定の個人の人権またはプライバシー」と明記してあるにもかかわらず、個人が特定されないものに拡大されている。
o「人権またはプライバシー」を「プライバシーその他の人権を侵害するもの」と読み替える。
o改定案の内容
 1 「侵害するもの」の判断基準
 2 その判断は、だれがどのような手続きで行うのか
 3 やむを得ず利用制限を行わざるを得ないと判断した場合の制限の方法
 4 制限の見直し
o上記4項は、あまり細かすぎても、かえって部分的に取り上げて制限の根拠にされてはまずいという懸念も抱きながら抑制的に書いた。特に制限の方法はあえて「より制限的でない方法」というにとどめた。

F子供への資料提供

o「子どもの権利条約」(1994年批准)において子どもも成人と差別することなく権利を保障することが表明されている。しかし実際のサービスの考え方や具体的な方法において、意見の違いが見られる。

 H資料提供の自由と著作権

o国民に自由な資料提供を保障する立場からは、図書館サービスの面で、一定の範囲で著作権を制約する現在の著作権法の規定でも不十分であるが、一方で、メディアの多様化に加えて、著作者の権利を守る要求が強くなっている状況もある。

 Iいわゆる「公貸権」

o公立図書館の「大量貸出し」が、著作者の経済的損失につながるということで、作家などから提起されているいくつかの方法が、「知る自由」の観点から国民の利益になるかどうか、文化振興の観点から得策かどうか、論議が必要であろう。

 J著作権侵害が確定した図書館資料の取扱い

oいわゆる司法判断に図書館は制約されるのかどうか議論がある。しかし実態は、論議する前に、判決に制約された判断をしている図書館が多い。

 L貸出記録の保護

o住基ネットシステムが本格実施されたが、総務省の思惑と違い、図書館では利用できる条件にはないことが明らかになってきた。

 Qインターネットと図書館

oインターネットを通じた情報の取得は、今や社会に欠かせなくなっているが、それに伴う問題も大きい。安易にフィルターをかける傾向があるが、図書館にとって重要な情報源を守る必要がある。

このページの先頭に戻る

4 改定案に対する意見

 現在の改定案ができるまでの意見は、おおむね『図書館雑誌』9月号に掲載しているとおりであるが、それ以降に出された意見をいくつか次に掲げる。

 C「人権またはプライバシーの侵害」(p.24〜)

 *「人権侵害を認める司法判断があった場合に、図書館はそれに拘束されることなく独自に判断することが必要である。」という箇所は、あたかも「図書館は法に拘束されない」と言っているような誤解を与える
 *司法の判断は、利用制限の要否を検討する際の重要な判断材料である。

 I「いわゆる「公貸権」」(新規)

 *公貸権を「権利として行使されるものではない」と言いきるのが適切であるかどうか疑問である。

 J「著作権侵害が裁判で確定した図書館資料の取り扱い」(新規)

 *著作権侵害という場合、財産権(複製権)だけでなく、公表権、氏名表示権および同一性保持権、すなわち著作者人格権を侵害している場合が少なくない(盗作など)。著作権侵害に起因して引き起こされるさまざまな派生的問題まで視野に入れた上で、個別に充分な考慮が必要であることを明記しておくべきである。

 L「貸出記録の保護」(現行p.30)

 *住基カードの空き領域を利用して、一時的に記録し、返却後に抹消して蓄積しない方式なら、住基カードを利用することを認めてもいいのか。

このページの先頭に戻る


 2003年11月14日現在 日図協・自由委員会

「図書館の自由に関する宣言 1979年改訂」解説の改訂案

◇【  】の中は、つながりを見るために、現行文を再掲したものである。
◇(  )の中のページ数は、現行冊子の該当箇所。

 (章)宣言の採択・改訂とその後の展開(p.10〜)

@「図書館の自由をめぐる問題の新たな局面」(p.14〜16)

(この項の標題を次のように変え、本文の末尾に以下の文(段落)を追加する。)

 「宣言改訂以降の図書館の自由をめぐる問題」

 1986年に始まる富山県立近代美術館における天皇コラージュ作品の処置をめぐる訴訟は、作品の処置は管理者側の裁量に委ねられるという最高裁の判決(2000年)で、国民の「知る権利」の保障が、いまだ博物館の役割として、法的には認知されるに至っていないことが明らかになった。それはマスコミに大きく取り上げられ、社会の関心を呼んだ。それに関連して、富山県立図書館における図録『’86富山の美術』損壊事件(1990年)は、1995年に犯人の有罪判決が確定した後も、同館は図録の所有権を放棄したまま、欠号となっており、図書館の自由の観点から批判を呼んでいる。
 1988年には絵本『ちびくろサンボ』が人種差別を助長する本であるとの批判を受けて、日本では絶版になった。しかしこの絵本が差別書であるかどうかはその後も論議が続いている。
 1995年には、東京の地下鉄サリン事件捜査過程での国立国会図書館利用記録53万人分の無差別差し押さえも世論の批判を呼んだ。
 1997年の神戸連続児童殺傷事件における少年被疑者の顔写真を掲載した『フォーカス』(同年7月9日号)、その検事調書を掲載した『文藝春秋』(1998年3月号)、1998年の堺通り魔幼児殺害事件を実名記事にした『新潮45』(同年3月号)など、少年法にかかわって問題となる報道が続発した際、その資料の提供について公共図書館がマスコミの注目を集めることになり、改めて図書館の自由のあり方が社会的関心のもとに問われることになった。東大和市においては、『新潮45』の閲覧制限は住民の「知る権利」の侵害であるとして訴訟が起こされたが、判決は、管理者の裁量の自由を優先させ、原告の主張は認められなかった。
 そのほか、『タイ買春読本』(1994年初版)『完全自殺マニュアル』(1993年初版)の廃棄要求や閲覧制限要求は住民の間でも論議を呼び、やがて有害図書指定の動きになった。時勢の「常識」の中で、国民の知る自由に対する図書館の取組みの姿勢が試されている。
 1996年には秋田県で地域雑誌『KEN』が個人のプライバシー侵害を理由に頒布禁止の仮処分が決定され、申立人から県内の図書館に利用禁止を求めて「警告書」が送付されるということが起こった。
 1997年には、タレント情報本の出版差し止めを認める最高裁判所判決があり、個人情報をめぐって、以後、出版の事前差し止めの法的判断の事例がいくつか出てくる。

A「『解説』改訂の意義」(p.16)

(この項の標題を次のように変え、本文を下のように書き替える。)

 「『解説』を刊行することの意義」

 1979年10月に、宣言改訂の趣旨を早急に普及することを目的として、解説『図書館の自由に関する宣言 1979年改訂』を編集・刊行した後、少なからぬ社会状況の変化もあり、図書館界は、図書館の自由に関して貴重な経験を積んだ。それをふまえて、宣言をより具体的な図書館活動の指針として役立つものにするために、解説の改訂版を編集した。1987年に一度改訂し、今回は二度目である。
 改訂にあたって留意した諸点は、次のとおりである。
 (1) 館界の経験にもとづき新しい事例を取り入れることに努めた。
 (2) 学校図書館における収集の規制
 (3) コンピュータ導入に伴う個人情報の保護基準の採択を取り入れる。
 (4) 情報公開制度の発展に伴う図書館の役割
 (5) 国民の支持と協力にもとづく社会的合意のなかで図書館の自由の発展をはかる。
 (6) 「人権またはプライバシーの侵害」に関する厳密な定義
 (7) インターネットによる情報提供にかかわる問題
 (8) 「子どもの権利条約」の批准に伴う子どもの「知る自由」への言及
 (9) 多様化する著作権問題と図書館のかかわり
 (10) 住民基本台帳ネットワークにつながるICカードや学籍番号利用の危険性
 このうち(6)以下が今回の留意点である。

このページの先頭に戻る

 (章)宣言の解説(p.17〜)

 (前文)

B「公平な権利」(p.20)

(この項は、一部書き換えた上、段落を入れ換えた。全文を示す。)

 【図書館を利用する権利は,日本国民のみならず日本に居住しまたは滞在する外国人にも保障されるというのが,第5項後段の趣旨である。さらには,国際的な図書館協力を通じて,日本国外にいる人びとにもその権利が保障されるべきことは,先に述べた国際人権規約の趣旨からみても当然である。】従って、宣言本文および解説文等に「国民」とのみ書かれているところも、そのように意識して読む必要がある。
 現在、公立図書館がまだ設置されていない地方自治体がある。さらに学校図書館については、学校図書館法の改正により、2003年度より司書教諭の発令が義務づけられたが、発令される司書教諭には「専任」の保障がない。その上、12学級に満たない学校は発令が猶予され、それは小中学校のおよそ半数に及ぶ。それらの学校では、当然利用が制約される。
 【また,施設や資料の面から障害者の図書館利用が妨げられている例も多い。未だ,国民すべてが図書館を通じて必要とする資料や情報を入手し利用できる条件は整っていない。】それは、社会が、ひいては図書館員自身が、図書館利用に障害のある人びとの存在を十分認識できていない結果である。
 【こうした悪条件を速やかに解消するよう国や地方自治体の努力が望まれるし、住民や利用者も図書館の整備・充実についての働きかけを強めていくことが必要である。】

 第2 図書館は資料提供の自由を有する。(p.23〜)

C「人権またはプライバシーの侵害」(p.24〜25)

(この項を全面的に次のように書き換える。)

 宣言の採択時と異なり、プライバシーの権利が憲法の保障する基本的人権に含まれることに、今日ではほとんど異論がないと考えられるから、この制限項目の文言は「プライバシーその他の人権を侵害するもの」と読み替えられるべきである。ここで「その他の人権」とは、表現行為によって社会的不利益や精神的苦痛を余儀なくされる可能性のある名誉や名誉感情等の権利を意味するものと解される。
 ところで、この制限項目については、いくつかの疑問点が指摘されている。ある資料が「侵害するもの」であると判断する基準はどういうものであり、その判断を誰がするのか、また、制限項目に該当する範囲が拡大解釈されることはないのか、利用の制限はどのような方法でおこなわれるのが適当か、などである。
 これらについて、これまでの事例を通じて得られた教訓や反省を踏まえて、以下のような解説をするが、今後も広く各層の意見を集め、なお一層の社会的合意の形成に努めるべきものである。
1 「侵害するもの」であると判断する基準
  被害者の人権保護と著者の思想・表現の自由の確保とのバランス、および国民の知る自由を保障する図書館の公共的責任を考えれば、次のようになろう。
 (1) ここにいうプライバシーとは、特定の個人に関する情報で、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められ、かつ、公知のものでない情報に限定される。
 (2) 差別的表現は、特定個人の人権の侵害に直結するものを除き、制限項目に該当しない。
   2001年10月、雑誌『クロワッサン』に・と・場労働者への差別的表現があるとして図書館での取り扱いが報道された問題に際し、日本図書館協会「図書館の自由に関する調査委員会」はそれまでの検討事例を集約して、いわゆる差別的表現それ自体は提供制限の理由にはならないという見解(巻末資料)を公表した。
   いわゆる「部落地名総鑑」の類の資料や一部の古地図、行政資料などは、これらを利用して特定個人の出身地を調べれば、その人が被差別部落出身者であるという推定が可能になり、就職差別や結婚差別に直ちにつながるおそれがある。これなどは、差別的表現が人権侵害に直結するものの例にあげられよう。
 (3) 問題となっている資料に関して人権侵害を認める司法判断があった場合に、図書館はそれに拘束されることなく、図書館として独自に判断することが必要である。
   裁判所が、人権侵害を認定し、著者・出版社など権利を侵害した当事者に、被害者の被害の回復や予防のために命じる措置と、国民の知る自由を保障する社会的責任をもつ図書館が、利用制限の要否について判断することとは別のものと考えるべきである(注)。
   ちなみに、『週刊フライデー』肖像権侵害事件の裁判で、原告は、判決内容を告知する付箋を資料に貼付するよう依頼する文書を、全国の主要図書館に対して送付することを求めたのに対し、裁判所は、被害を認定して出版社に損害賠償を命じたが、図書館に関わる原告の要求は認めなかった(東京高裁判決1990.7.24)。『新潮』1994年4月号所収の柳美里著「石に泳ぐ魚」の公表差し止めを命じた裁判の一審判決も、図書館に関わる同様な請求を認めなかった(東京地裁判決1999.6.22。この請求棄却について控訴されず、確定)。裁判所は権利侵害の当事者に被害の回復や予防の措置を求める場合も、図書館には独自の判断がありうることを認めているといえるのである。
2 判断の主体と手続き
  その判断は誰がどのような手続きで行うのか。それには、それぞれの図書館が、図書館内外の多様な意見を参考にしながら、公平かつ主体的に意思決定することが求められる。
 (1) 各図書館に資料の利用制限の要否および方法の検討、また、利用制限措置をとった資料については、その措置の再検討をおこなう委員会を設置しておくことが望ましい。
 (2) 委員会には全ての職員の意見が反映されるべきである。
 (3) 委員会は、当該資料に関して直接の利害を有する者および一般の図書館利用者の求めに応じて、意見を表明する機会を設けるべきである。
 (4) 委員会は個別の資料の取扱いについて検討するとともに、職員に図書館の自由に関する情報と研修・研究の機会を提供することが望ましい。
   1976年11月、名古屋市の市民団体が『ピノキオの冒険』を障害者差別の本であるとして出版社に回収を求めたことが報道され、名古屋市立図書館はその貸出・閲覧を停止した。以後3年間にわたり、名古屋市立図書館は障害者団体、文学者をはじめ幅広い市民の合意づくりに努め、1979年10月に提供制限を解除した。そして、今後、批判を受けた蔵書については、「明らかに人権またはプライバシーを侵害すると認められる資料を除き、提供をしながら市民と共に検討」することとして、次の原則を確認した。
  1) 問題が発生した場合には、職制判断によって処理することなく、全職員によって検討する。
  2) 図書館員が制約された状況のなかで判断するのではなく、市民の広範な意見を聞く。
  3) とりわけ人権侵害にかかわる問題については、偏見と予断にとらわれないよう、問題の当事者の意見を聞く。
3 利用制限の方法
  知る自由を含む表現の自由は、基本的人権のなかで優越的地位をもつものであり、やむをえず制限する場合でも、「より制限的でない方法」(less restrictive alternativeの基準)によらなければならない。裁判所が人権を侵害するとして著者らに公表の差し止めを命ずる判断を行った資料についても、図書館は被害を予防する措置として、その司法判断の内容を告知する文書を添付するなど、表現の自由と知る自由を制限する度合いが少ない方法を工夫することが求められる。
4 制限措置の再検討
  人権の侵害は、態様や程度が様々であり、被害の予防として図書館が提供を制限することがあっても、時間の経過と状況に応じて制限の解除を再検討すべきである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
注 参考文献:「平成9年度全国図書館大会(山梨)記録」第9分科会 シンポジウム「資料提供とプライバシー保護」

このページの先頭に戻る

D「わいせつ出版物」(p.26)

(この項は、一部書き換えた。全文を示す。)

 刑法第175条のわいせつ文書にあたるという裁判所の判決が確定した資料については、提供の制限がありうる。
 【しかし,周知のようにローレンス著『チャタレイ夫人の恋人』(伊藤整訳)は,1957年最高裁判所においてわいせつ文書であるという判決をうけた。しかし,それから20年余を経て1979年3月東京高裁は「四畳半襖の下張り」事件の判決理由のなかで『チャタレイ夫人の恋人』にふれ,「伊藤整訳『チャタレイ夫人の恋人』や澁澤龍彦の『悪徳の栄え』などの文書が現時点においてなおわいせつと断定されるかどうかについては多大の疑問がある」と述べている。】『悪徳の栄え』は1969年、『四畳半襖の下張り』は1980年に最高裁で有罪判決を受けたが、その後これら3文書はいずれも無削除で公刊されている。このように、ある時点で裁判所が示したわいせつ文書の判断の基準は、社会の常識や性意識が変化することによって、事実上修正変更されることになるのである。従って、わいせつ出版物の提供の制限も、時期をみて再検討されなければならないものである。そのために、「人権またはプライバシーの侵害」の項で述べたと同様な検討のための組織が必要である。

E「寄贈または寄託資料と行政文書」(pp.26〜27)

(この項の冒頭の「日記や書簡など‥‥やむをえない」の段落を、次のように書き換える。) 

 日記や書簡などの非公刊資料が図書館に寄贈または寄託されるに際し、寄贈者または寄託者が、その条件として一定期間の非公開を要求することがある。その理由としては、プライバシーの保護のため、政治上・行政上の必要性に基づくもの、著作者人格権の一つである「公表権」の保護のためなど、当該資料が未公刊となっていることに関係するものが挙げられる。その場合、寄贈者または寄託者のこのような要求をふまえた上で、ある程度公開が制限されることはやむをえない。

F「子どもへの資料提供」(新規)

(新たにこの項を起し、「寄贈または寄託資料と行政資料」(p.26〜27)の項の次に入れる。)

 1994年に、ようやく日本も「子どもの権利条約」(正式名「児童の権利に関する条約」)を批准し、国際連合憲章のもとに子ども(児童)の権利を保障していくことを約束した。その第13条に、「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」を有することを表明している。それを基本にした上で、第17条に「児童の福祉に有害な情報及び資料から児童を保護」する配慮も求めているが、その責任は、まず父母または法定保護者にあると規定している。(第18条)
 すべての人は、多様な情報・資料に接し、それを理解し、判断し、批判することによって自らの主体的な意見を形成し、成長していく権利を有している。それを保障するのは社会の責任である。図書館はその責任の一端を負っているのであり、子どもの場合にも、その主体的な成長を資料提供によって援助していかなくてはならない。そのことをふまえて、権利条約第3条に規定された「子どもの最善の利益」を実現するよう努めるべきである。
 しかし現実の社会はまさに多様であり、その多様性ゆえに子どもの成長の妨げになるような情報・資料も存在する。そこで、図書館が取り組まなければならないのは、基本においては子どもの「読む自由」を保障しながら、彼らが日常的にすぐれた情報・資料と出会うことのできる環境を作ることである。そのことを通じて、子どもの時期から情報・資料(メディア)の選択能力を高めるよう、すべての図書館は支援していかなければならない。

このページの先頭に戻る

G「資料の保存」(p.27)

(この項の第4段落「1984年の広島県立図書館問題では、‥‥が切断破棄された。」に続いて、次の段落を入れる。)

 2002年には船橋市西図書館で「新しい歴史教科書をつくる会」会員の著書が、前年の夏に100冊以上集中的に廃棄されていたことがわかった。

H「資料提供の自由と著作権」(新規)

 (新たにこの項を起し、「施設の提供」(p.27〜28)の項の次に入れる。)

 図書館の資料提供には、原則として著作権が関係してくる。しかし利用者への自由な資料提供を確保するため、著作権法には、この権利をある範囲で制約する規定が設けられている。一定の条件で図書館等が行う複写サービス(第31条)、視覚障害者向けの一定範囲の著作物の利用(第37条)、非営利かつ無料の場合の上演、演奏、貸与等(第38条)などである。
 しかし、図書館の利用者に迅速に情報を提供するためには、これらの制約だけでは不十分という声がある。通常の手段では図書館資料の利用に支障がある人たち(視覚障害者、読字障害者、肢体不自由者等)の自由な利用(公立図書館等による録音図書の作成等)を実現することは、健常者と同様の情報アクセス環境を保障するために欠かせないことである。しかし、これらは著作権者に及ぼす経済的利益の損失はほとんどないにもかかわらず、現在のところ認められておらず、図書館利用の障壁となっている。
 また、著作権者の所在または個々の著作権の消滅の確認手段が、ほとんど整備されていないにもかかわらず、複写物のファクシミリ送信や論文集のなかの一論文全部の複写を許容する内容になっていないことも、図書館がその役割を十分に果たせない一因となっている。
 それに加え、著作者の権利の制約が撤廃されるという動きがある。現在自由に行うことができる視聴覚資料の閲覧サービスや図書等の貸出しについて、著作権者への許諾または補償金の支払いを条件とする方向での法改正が、文化庁の報告書で提言されている。利用者の情報アクセス権を保障する観点からも、著作権者を含めた国民的合意を形成する方向の対応が求められる。

I「いわゆる「公貸権」」(新規)

(新たにこの項を起し、前の項「資料提供の自由と著作権」の次に入れる。)

 1990年代後半以来の出版不況を背景として、文芸著作者、出版者、書店など書籍の製作および流通に携わっている側から、図書館の貸出しサービスによって出版物の売上げが減少し、経済的損失が発生しているという批判が出てきた。その論拠は、公立図書館は、大量に複本を購入して無料で大量に貸出しをする、いわば無料貸本屋であり、それだけ著者に入るべき印税が失われているというものである。
 そして、この問題の解決方法として文芸作家の団体からは、たとえば、「新刊本の貸出しを一定期間行わない」とか「同一本の1館当たりの所蔵冊数に上限を設ける」といった方法が提案される一方で、いわゆる「公貸権」(公共貸与権)の要求も出されている。
 「公貸権」とは、英語のpublic lending rightの日本語訳である。図書館における図書等の貸出回数や所蔵数に応じ、その図書等の著作者に、公的に金銭を給付する制度を示す概念であり、権利として行使されるものではない。この制度は、現在のところ、北欧を中心に十数ヵ国で導入されている。
 「公貸権」が設けられた趣旨は、各国によってさまざまであるが、たとえば、北欧諸国では、著作者等の経済的損失を補填するためではなく、自国の文化や文芸活動を振興するために設けられている。しかし日本の図書館普及状況や出版流通状況を考えた場合、安易にこの制度を導入すれば、例えば資料購入予算の削減や、貸出サービスの抑制、ひいては知る自由を損なうことにつながるおそれもある。

J「著作権侵害が裁判で確定した図書館資料の取扱い」(新規)

(新たにこの稿を起し、前の項「いわゆる「公貸権」」の次に入れる。)

 著作権侵害が裁判で確定した図書館資料について、その原告から図書館に対し、その資料を提供し続けることが、著作権侵害に該当するという理由を挙げて、閲覧の禁止や回収を要請されることがある。
 この場合に著作権侵害が問題になるとすれば、この行為が著作権法第113条に該当するかどうかということだけであろう。この条文によれば、著作権侵害によって作成された著作物について、「情を知って頒布し、又は頒布の目的をもって所持」すれば、著作権を侵害する行為とみなされる。なお、この場合の「頒布」とは、「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」である。
 すなわち、図書館への要請状に確定判決文が添付されていたときには、まさにこの条文の「情(その資料が著作権侵害によって作成されていたこと)を知った」ことになるため、その資料の複写物を提供するとか、貸出しするというような、「頒布」に該当するような行為をすると、形式的にはこの条文の要件に該当することになる。
 ただこの第113条の規定は、もともと海賊版の流通防止を目的として設けられたもので、このような場合に適用することは疑問である。
 まして貸出しや複写が伴わない、閲覧サービスや朗読サービスなどまで違法行為になるという解釈は、どのような観点からも取り得ない。

このページの先頭に戻る

 第3 図書館は利用者の秘密を守る。(p.28〜)

K「最近の事例としては、‥‥事件がある。」(p.29−5行目)を次のように書き換える。

 1995年3月に起きた地下鉄サリン事件捜査に関連して、警視庁は捜索差押許可状にもとづき国立国会図書館の利用申込書約53万人分をはじめ、資料請求票約75万件、資料複写申込書約30万件を無差別に押収した事件がある。これは1年余の利用記録すべてである(注8)。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
注8 JLA図書館の自由に関する調査委員会関東地区委員会「裁判所の令状に基づく図書館利用記録の押収―『地下鉄サリン事件』捜査に関する事例」図書館雑誌89(10) p.808−810

L「貸出記録の保護」(p.30)

(この項の最後の段落「日野市立図書館の‥‥採用を期待している。」(p.30)の箇所を次のように書きかえる。)

 2003年8月に住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が本格実施されたが、上記「基準」及び「見解」に明示したように、住民基本カードの住民番号を図書館利用カード番号として利用したり、住基ネットに利用者情報データベースをリンクしてはならない。また、他のICチップを利用した図書館利用カードを導入するにあたっても、利用資料の情報を蓄積するようなことがあってはならない。
 大学等において、学籍番号を利用者コードとして利用する事例が増えているが、この場合も、学内の他のデータベースとリンクしてはならない。日野市立図書館の「コンピュータ導入の原則」などにも学び、利用者のプライバシーを侵害しないよう慎重な運用が望まれる。
 行政機関個人情報保護法(第4、5、9、12条)、および各自治体の個人情報の保護に関する条例に規定された、個人情報の保護に関する条項を遵守し、必要最小限の個人データのみを扱って他にリンクしないシステムを形成するほか、運用する職員が、図書館における個人情報の保護の重要性を常に認識するよう努めなければならない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 注 「コンピュータ導入に伴う利用者情報の保護」(『図書館の自由に関する事例33選』 p.178−183)

M「利用事実」(p.30〜31)

(この項の冒頭から第2段落までを、次のように書き換える。)

 第2項は、第1項に掲げた読書事実以外の利用事実に関する項である。これらも利用者のプライバシーに属するものであるから、本人の許諾なしに第三者に知らせてはならない。来館のつど、施設の利用に関して、入館記録、書庫立入簿などに住所・氏名を書かせることのないようにし、登録手続きのさいも必要最小限の記録にとどめるようにすることが望ましい。
 文献複写申し込みの記録については、利用者の申込みが著作権法第31条の要件を満たすかどうかを審査するために行っていることを念頭に置いて、その記録範囲を最小限にしぼり、しかも図書館が慎重に管理し、外部へ漏れることのないようにしなければならない。

N「外部とは」(pp.31〜32)

(この項の第5段落「従って、読者の人格の‥‥解決されなければなるまい。」(p.32)に続いて、改行せずに下の文を加える。)

 【学校図書館の場合はもっと問題が複雑である。学校図書館はそれを設置している学校の一部局であり,独立した教育機関とはみなしがたい。従って学校外の機関や団体・個人に対してはその自主性を主張できるとしても,その学枚内の枚長や教頭・教員に対してはどうなるか。
 教員がみずから指導の責任を負っている児童・生徒の読書に関心を持つのは当然であり,そうした情報がなければ個別の教育指導は困難となろう。しかし,読者である児童・生徒の立場にたてば,独立した人格を持っているのであるから,何を読んだかを図書館員以外の教員に知られることを好まないこともあろう。
 従って,読者の人格の尊重と教育指導上の要請の兼ね合いは,教員と児童・生徒の信頼関係と,読書の自由に関する教員の深い理解にたって解決されなければなるまい。】容易に児童・生徒の利用記録が取り出せないような貸出方式を採用することは、その前提であろう。

このページの先頭に戻る

 第4 図書館はすべての検閲に反対する。(p.33〜)

O「図書館と検閲」(p.33〜35)

(この項の第5段落「青少年を「有害図書」の影響から‥‥動きが、ときにみられる」(p.34)を次のように書き換える。)

 青少年を「有害図書」の影響から守るという趣旨を含む、地方自治体で制定されている青少年保護育成条例についても、図書類の有害指定の方法が個別指定から包括指定へと強化され、内容も自殺を誘発させるおそれのあるものなどにまでひろげられてきた。これらの規制強化は憲法上の論議をよんでいるが、さらに進んで、国民の言論・表現および出版の自由を侵すおそれがあると批判が出ている「青少年有害社会環境対策基本法案」の立法化もすすめられている。

P「検閲と同様の結果をもたらすもの」(p.35)

(この項の冒頭の「1985年に東京都世田谷区議会で、‥‥重ねる事件がおきた。」に続いて、改行せずに下の文を追加し、それに続く「愛知県や‥」以下を改行する。)

 【1985年に東京都世田谷区議会で,一区議が親子読書会を偏向していると非難し,図書館の読書会への団体貸出しとそのための蔵書に対して,執拗な攻撃を重ねる事件がおきた注11。】その後も東京都のいくつかの区議会で、特定政党の批判記事を掲載した週刊誌を名指して図書館から排除することを要求されたことがあり、1999年末には、過激な性表現を理由に、同様のことが起きている。また2001年には、特定団体を批判した図書を所蔵していることを理由に、区立図書館の人事異動を要求した区議会議員もいた。
 【愛知県や千葉県の高校における校長などによる禁書も,自分の価値観を一方的に押し付けようとする点で共通しており,そうした行為が権力を背景としてなされるときは,検閲と同様の結果をもたらすことになろう。】

Q「インターネットと図書館」(新規)

(新たにこの稿を起し、「図書館における自己規制」(p.35〜36)の項の次に入れる。)

インターネットを通じた情報は、今や社会に欠かせないものになった。図書館においても、その情報を提供することは、国民の知る自由を保障する上で欠かせないものになった。伝統的な媒体とは全く違った情報伝達方法であるため、大学図書館や専門図書館のみならず、公立図書館や学校図書館においても、利用者による情報格差を解消するよう努め、誰もが外部の情報資源に自由にアクセスできる環境を、積極的に整えなければならない。
 公立図書館において、子どもも利用するという理由で、サーバー段階でフィルターをかけることは、すべての利用者の知る自由を妨げることになる。また学校図書館や大学図書館におけるフィルタリングも、利用者が自ら情報を選択し、批判し、利用する能力(情報リテラシー)を育成する機会を阻害することになる。それぞれの図書館において、利用者の意見をふまえて、情報利用の条件を決めていくべきである。
 なお、フィルタリングとは、フィルター・ソフトなどにより、あらかじめ設定された語句や表現が含まれる情報をアクセスできないようにしたもの、また管理機関等が不適当と判断した画像などをサイトごとに遮断したりしたものなどさまざまである。多くは誰がどのような基準で設定しているか公開されておらず不明な点が多い。特に図書館外のサーバーなどにあらかじめ包括設定されている場合が問題である。

 (結語)

R「不利益処分の救済」(p.37)

(この項の末尾の文「図書館の身分を‥‥示唆を与えてくれる。」を削除する。)

このページの先頭に戻る