文献紹介2

本には読み方がある

―遅筆で有名な井上ひさしの読書の極意を探ろう―

戸田光昭(駿河台大学名誉教授)

文献:『本の運命』(文春文庫)井上ひさし著 文藝春秋 2000年7月
発行 188ページ 390円(税別)

「遅筆堂文庫」という名称の町立図書館内個人文庫「井上ひさし文庫」(井上ひさしの蔵書を移管,約13万冊所蔵)がある。井上ひさしが何ゆえに遅筆なのかの詳細は,本書に詳しく書かれていて、大変興味深いのであるが,簡単に言えば,調べものに時間がかかり過ぎるのである。調べものの段階が終われば,執筆時間はかなり速いという。このような作家の読書の方法が「井上流本の読み方十箇条」としてまとめられている。
そして本書には,この作家の生い立ち,終戦後の読書事情,映画館通いの生活,大学進学のこと,子供を本好きにするには,ついに図書館をつくるなどの章がある。そこには,本,図書館,読書などの周辺話題がまとめられている。国民読書年にふさわしい内容なので,旧著ではあるが,必読書として紹介する。

井上流本の読み方十箇条は,次のようなものである。誰でもこれを手本にすることができ,さらに,そのうちの幾つかを実行するだけで,確実に本の読み方が変化する。

「その一,オッと思ったら赤鉛筆」 面白いと思ったら,すぐに線を引くのである。こうしておけば,その本のダイジェスト版ができあがる。つぎに読むときは一冊を15分で読めるという。

「その二,索引は自分で作る」 日本の図書は専門書も含めて索引がないか,不十分な場合が多い。そこで,読者が自分で,本の扉や見返しに重要語を記入し,そのページが書いておく。少なくとも「大事な本」はそのように読む。

「その三,本は手が記憶する」 情報は整理せず,体で覚える,手で記憶する。カード化せずに,抜書きをする。時系列的に番号を振り,専用ノート(手帳)に記録する。

「その四,本はゆっくり読むと,速く読める」 いわゆる速読法は少なくとも作家にとっては問題外である。しかも,作家には特別な才能があるようで,例えば,司馬遼太郎さんは,「写真読み」ができたという。ページごと頭の中に写し込んでしまうという。天才には可能だが,普通の人には無理なので,「ゆっくり読み」を薦めている。どんな本でも,最初の十ページくらいは丁寧によみ,内容を頭の中に叩き込んで,次第に速度をあげてゆくという方法です。結局は,この読み方で,本を速く読めるという。

「その五,目次を睨むべし」 特に専門書の場合に大切で,最初に目次をじっくり読み込み,その構造を見破り,全体構成や論旨の進め方の検討をつける。

「その六,大部な事典はバラバラにしよう」 分厚い事典はカッターで切って,分冊にする。持ち運びしやすくし,外で読めるようにする。調べものがあるときは,該当部分だけを電車の中などで読め。大変に便利である。このためには,同じ事典を二冊ずつ購入するなどの出費が必要だが。

「その七,栞は一本とは限らない」 本を読んでいて,栞ひもが一本しかついていないのは不便である。読んでいる途中で,このページを,また見なければならないということが多い。そこで,自分用に栞ひもを付けてしまう。カバーを表紙に糊でくっつけて栞も一緒に付ける。ヤマト糊で十分だという。タコ糸で作った栞を何本でもつけられる。

「その八,個人全集をまとめ読み」 井上の個人的な趣味であるとことわって,第一巻から最終巻まで集中して読み通すと,作家にとっては役立つ。その一で述べたダイジェスト版作りを併用して行うと,最終巻まで読み終わった後,評伝や作家論が書けるぐらいに,充分な資料が自然に抽出されている。

「その九,ツンドクにも効用がある」 買った本を読まないで,ツンドクだけの効用,本屋で手に取った本は「一期一会」であるから,買ってしまうことの効用など。しかし,この方法には問題があり,作家の周囲が本で埋まってしまう。そして,ついに「遅筆堂文庫」誕生となるのである。

「その十、戯曲は配役をして読む」 戯曲を読む人が少ないので,その解決のための方策を書いている。本書を読んで確かめて下さい。

以上

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