[特集]図書館と災害・安全対策


大災害時における図書館の専門的役割

坂本 勇


 § 阪神・淡路大震災から9年

 日本における大規模地震災害が発生する危機は,政府に設置された中央防災会議の予知情報にもみられるように東海地震,東南海地震,南海地震など減少するよりも,むしろ高まる傾向にある。さらに,イラク戦争後の不安定状況から国内におけるテロなどの懸念も現実的になってきている。危機管理を徹底しなければならない状況は,1995年当時よりも全国的に大幅に増してきている。

 阪神大震災から9年が経過したが,依然図書館界などにおいて過去の災害経験は断片的情報であり,かつ十分に検証されていないと思われる。

 そこで,震災当時から現在も阪神間の図書館に勤務しておられる8人の方々からお寄せいただいた体験と意見をベースにまとめ,今後より具体的な対応が図書館においてなされていくことを願うものである。

 

 § 防災指令

 阪神・淡路大震災を経験された図書館職員の脳裏に焼き付けられた言葉に「防災指令」がある。各都道府県市町村は,さまざまな災害に備えて,1961年に制定された「災害対策基本法」に基づき防災指令第1号から第3号までを段階的に定めており,大規模な災害が発生したときは全職員が事前防災計画に沿って防災活動に従事する第3号防災指令が発令されることとなっている。

 今回,この原稿を書くに際し,阪神・淡路大震災を経験された8人の図書館職員のうち大規模地震発生前に全職員を対象としている防災指令の存在と実施内容について把握していた方は2名。「地震など来ない」と地域全体が地震に対する防備を油断していた状況は,今後への警鐘となる。

 帰属する図書館の被害状況の把握,復旧作業,業務再開に向けた活動などとともに,避難所での被災者支援,倒壊・損壊家屋の調査,義援金交付事務など自治体職員としての救援支援業務に従事する緊張した日々は数か月続くこととなった。

 

 § 首都直下型大地震

 大災害が発生すると,日常的状況と事態は一変してしまう。被害が予想をはるかに超え甚大であった場合はなおさらである。その点では被害が集中する首都直下型巨大地震などについて地域として学習し,防備していくことは緊急のものとなる。「起こってからでは遅い」からである。

 今回の回答の中にも,レファレンスコーナーの上の案内板が落下し,大きな書架が倒れるなど予想もしない被害状況に,業務時間中であれば下に居た職員や来館者は大事故に巻き込まれていた恐怖を述べておられた。

 阪神大震災において,図書館としての事前の防災計画,危機マニュアルなどのなかった被災地の図書館は,どのように対応したのであろうか。

 

(1) 緊急避難所としての対応

 ほとんどの図書館は,災害時の避難所として市民に広報された事前計画の中に位置づけられておらず,避難所となる想定ではなかった。しかし,阪神・淡路大震災では,避難所と想定されていなかった図書館,分館が,突発的に目前の惨状や住民の要望で避難所となっていった。その一方で避難先としての要望はあったが,まったく門戸を閉ざさざるを得なかった館もあった。突発的大災害が起こった場合,あなたの図書館はどのように地域住民に対応するのでしょうか?

 もし,図書館には図書館としての災害時の役割があるとするならば,短期的な避難所以上の固有の使命と役割を発揮できるような,事前の準備と広報が必要となる。ここでも,図書館のそれぞれの機能と使命が問われることとなることから,阪神大震災の経験を総合的に検証し,具体的に次の大災害に備える作業は必要となる。

 

(2) 被災者への支援

 生活の基盤が根こそぎ破壊されてしまった段階では読書をしたいという要望は多くはなかったが,心の安らぎや,倒壊・損壊建物の保険請求のノウハウなど実務的図書を求める声は多かった。被災し精神的にも不安な状況となっている子どもたちへの避難所での「読み聞かせ」などのケアも,もっと早くに始めたかった。また,家人を亡くした家族の方から「亡くなった家人の蔵書を引き取って活かしてほしい」という要望を受けながら,受け入れ体制がなく拒否した後悔が今も残っている。現場では「人」に関する対応についての指摘が多く,図書館固有の所蔵資料の被害と救助に対しては,公表された資料が少なく,図書館の守るべき資料群(その館にしか所蔵されていない郷土資料や自費出版物,写真など)の命運については検討課題がある。阪神大震災の場合は,閉館している図書館は多くても,外部の出版,流通機能は維持されていて,新刊購入など復旧していくにはそれほど困らなかったが,首都圏などでの大地震では図書館のみならず出版・流通機能そのものがストップしてしまい機能回復・復旧が非常に遅れるのではないか,など多様な指摘がなされていた。

 

(3) 図書館としての活動

 被災者への生活支援は,地域に根ざす公共図書館として,その役割と責務は大きい。

 このような優先判断をしながら,先の阪神大震災では,上記にあげた活動以外にゼロから広域連携で大きく動いたこととして「震災記録を残す」取り組みがあった。各館で独自性を発揮して,通常では対象としない手作りチラシや多様な印刷物等々を収集・保存・公開していく活動がなされた。その活動の推進役となり,継続性に寄与したのが「震災記録を残すライブラリアンネットワーク」という図書館有志のボランティア活動であった。この活動には公共図書館だけでなく,国公私立大学,ボランティア団体,企業,行政組織など多様なところが参画した。あらためて,過去の活動を振り返る意義は大きいと思う。1995年9月の『図書館雑誌』に「阪神・淡路大震災記録資料を未来へ伝えるために」という兵庫県立図書館司書の宮本博さんの書いた発足の経緯や活動報告記事が掲載されているので,ぜひご覧いただきたい。

 

 § 事前対策と災害発生時の現実

 この原稿を書いている最中に,オランダ国立公文書館の方から,オランダ国立図書館と合同主催したナショナルな「災害に備える実践的ワークショップ」を2003年9月8日ハーグで実施したというビジュアルな報告を受け取った。アメリカ・ニューヨークの9・11テロで活躍した消防局のジョセフ・トリロ氏が招かれていたり,講師の顔ぶれは官民多彩であり,ワークショップの企画・内容もユニークであったようだ。

 ニューヨークでの9・11テロも突発的で無防備であったように見えるが,被災地域の図書館・文書館施設や美術品などの被災後の被害調査と文化レスキューは,FEMA(連邦危機管理庁)とNPOのヘリテージ・プリザベーションが中核となり,1995年に創設され全米34団体で構成されている「Heritage Emergency National Task Force」のスタッフや専門家によって迅速になされていた。

 世界的な災害発生危険率の高い日本において,オランダやアメリカのようなナショナルな国立国会図書館や国立公文書館の取り組みは,現状では掛け声だけであり,大災害発生時には税金で維持されている責任を果たせないであろう。

 政府・中央防災会議の防災計画策定に対し,図書館は人命に関係がないという判断で,無関心でいてもよいのであろうか。冷静に考えると,子どもも含め大勢の人々が集う全国に展開する図書館において,必要な防災対策が講じられていなかったために死傷者や事故が発生したとすれば,それは図書館管理者側の失策による人災となることを肝に銘じておく必要がある。

 改めて原点に回帰すると,世界の先進図書館界の動向をみても図書館は単なる箱ではなく,地域や人類の大切な文化資源・メモリーを保存管理する責務を有する重要な施設なのではなかろうか。

 

 § 図書館の専門的役割と業務委託

 昨今,経費節減と効率化を目的に外部への業務委託が進んでいる。今回,被災地の図書館関係者の回答にもあったが,「被災時の対応」などの危機管理意識が希薄な図書館界において,業務委託体制が加速する中で,総合的な防災計画や具体的な実施要綱がほとんど考えられていない不安と懸念が指摘されている。このことは,図書館が地域の単なる箱であれば,箱なりの対策が講じられれば済む。しかし単なる箱でなく,図書館に地域や国の歴史的・文化的ヘリテージ(遺産)を保存継承する責務を付与するとなると,それなりの事前準備とトレーニングがなされなければならないはずである。現在の採算性と効率だけを追求する問題点も大災害時に露呈することが考えられるので,別の視点からも外部業務委託に対応した実際的な災害計画が練られる必要がある。

 図書館資料を災害から守る決意として,公共図書館レベルでは無理かもしれないが,アメリカ議会図書館では,館の横に常時大型の急速凍結装置も備えたレスキュー・トレーラーを配備している報告がある。守る範囲,内容によって,その練られる災害計画は当然変化してくると思われるが。

 

 § 明日の大災害に備えて

 図書館の地域へのサービス活動として,先の震災記録の収集保存公開など特別の活動もあったが,大災害で失われる多くの知的・歴史的遺産をいかに救済し,後世に残していくお手伝いをするかという課題があるように思う。

 大災害時には,ほぼすべてのエネルギーは人命救助と被災者の衣食住応急確保,物的復旧に注ぐべきであって,図書や平凡な地域遺産,ファミリー・トレジャーなどの保護救済は,二の次である,と日本では多くの場合説明され考えられてきた。

 私は阪神大震災から2年近くの期間,被災地の救援から復興への変遷を現地で見てきて,被災した人や地域は決して現在の中央防災会議以下の防災理念と実施計画だけでは安定し満足できない,幸せにはなれないことを痛感してきた。

 日本の防災理念・対策は偏っており不備の多いままである。人間の反面しか見ていないからである。印象的な経験として,被害の非常に大きかった神戸市長田地区の震災前の人々,様子を写した写真展で,写真の前で泣きだす人,堰をきったように語りはじめる人,失った過去が写真から一気に甦ってくる。非常に多くの情報量,過去を呼び起こす不思議な潜在力をもつ「写真の力」に引き寄せられた老若男女。大衆化された写真資料の資源化と活用は写真の時代においてもっと重視した方がいい。この間,被災地域の心のケアと写真について,いくつかの文章や提案を書いてきたが,酸性紙問題に続き,秩序を欠いたデジタル情報ビジネスの氾濫など新たな課題は増えていく一方である。

 

参考
・『災害と図書館』(2002年11月 TRCC東京修復保存センター編集発行ブックレット)

(さかもと いさむ : 吉備国際大学社会学部文化財修復国際協力学科)
[NDC9 : 013 BSH : 1.災害予防 2.図書館経営]

 

[ページの一番上へ戻る]


図書館雑誌 2004年3月号

Copyright (C) 1998-2004 Japan Library Association
All rights reserved.