[特集]図書館と災害・安全対策


図書館施設・家具の地震防災

木野修造


 気象庁震度階級

 昨年7月26日に起きた宮城県北部地震および9月26日の十勝沖地震の震度はそれぞれ6強と発表されている。これらに比較するとはるかに大きな被害をもたらした1995年1月17日の兵庫県南部地震では,神戸市・西宮市および宝市の一部で震度7が確認されている。隣りあった震度階級でなぜあれほどまでに被害状況に差が生じるのか疑問をおもちの読者のために,6強と7の違いについてまず明らかにしておきたい。

 気象庁震度階級(1996年)の震度6強では,“立っていることができず,はわないと動くことができない”,“固定していない重い家具のほとんどが移動,転倒する。戸が外れて飛ぶことがある”,“多くの建物で,壁のタイルや窓ガラスが破損,落下する。補強されていないブロック塀のほとんどが倒れる”となっている。震度7では,“揺れにほんろうされ,自分の意志で行動できない”,“ほとんどの家具が大きく移動し,飛ぶものもある”,“ほとんどの建物で,壁のタイルや窓ガラスが破損,落下する。補強されているブロック塀も破損するものがある”となっていて,段階的に強度が変化していくようにみえる。しかし実際には,震度6強と7の間には根本的な違いが存在している。実は,各地の気象台や測候所が震度計を用いて地震強度を測定するのは震度6までなのだ。震度7については,その判定基準が被害の大きさで決められているため,被害調査から判定するのだ。事実兵庫県南部地震で震度7の地域があることが最初に報告されたのは,地震から3日後のことであった。

 

 施設の対策

 公共施設として図書館の建物は図書館である前に,地震で崩壊しないシェルターであることがまず求められる。兵庫県南部地震直後,宝市の図書館は床に散乱した図書を断熱材として厳冬の夜を過ごす人々の避難所として使われた。これに対して眉をひそめた人もいたが,私は公共施設の原点を見た思いがした。これを逆説的にいうと,耐震補強されていない古い図書館施設は公共施設としてすでに失格しているということになる。

 地震による図書館施設の被害には,建物そのものの倒壊やそれに付随するガラスの落下,地震に起因する火災や漏水などがある。

 建物の倒壊を防ぐことは建築構造技術上の極めて専門的な問題であり,私にそれを語る能力はなく,またこの小論にふさわしいテーマでもない。ただひとついえることは,新しい図書館施設は地震には強いということだ。数次の建築基準法改訂を経て建物の耐震性は飛躍的に向上したので,震度7クラスの地震で倒壊はしない。もし館内で大地震に遭遇したら,火災が発生しない限り,状況が落ち着くまで館内に留まることが生還の可能性を高める,ということを覚えていてほしい。

 地震時のガラスの破損およびその落下は著しい二次災害を引き起こす危険性をもっている。これまでの地震において,多数の窓ガラスが割れたものや窓枠の歪みによって開閉ができなくなったもの,防煙垂れ壁ガラスが割れて床に破片が散らばったもの,壁につけられた照明器具の丸グローブが落下したものなどの例が報告されている。ガラスの落下対策としては,うっとうしくはなるが鉄線で補強された網入ガラスをすべての箇所に使用しガラスが四散して枠から外れないようにすることぐらいしかない。

 図書館で火災が起これば大惨事になりうる。利用者の年齢幅が大きく集団ではなく個人的に利用する図書館では,まず人の面で大きな危険性がある。デパートの買物客の中に多数の単独で行動する子どもたちが混ざった群集が地震のパニックに陥った状況を想像してほしい。さらに,1階あたりの床面積が大きくワンルームに近い主階などで出火した場合には,煙と高温ガスが天井に沿って拡散し避難と消火活動を極めて難しくする。

 建築基準法や消防法,地方公共団体の条例や規則によって,火災に対する防災は細かいレベルまで規定されている。耐火建築物とすること,火災時の消防車などの進入路の確保,早期発見のための火災報知設備や初期消火のための消火器などの防災設備や避難のための非常口のサインや避難経路の設置,その通路や階段の構造などである。さらに,定期的な検査によって所定の性能保持の確認も行われている。したがって地震時に図書館から出火する可能性は低い。

 問題は地震火災が同時多発的なことだ。これに対して,図書館単体では何もできない。都市計画的な見地から街区全体の防災能力を高めていくしかないが,過密解消など根本的な課題は山積していて解決への展望は開けていない。

 地震に起因する水関係の事故は少なくない。兵庫県南部地震では,上水管が破断した,ウォータークーラーの給水管のつなぎ目部分がはずれて児童室の床が水びたしになり書架の転倒によって散乱した大量の図書が被害を受けた,暖房用機器の給水管が破損して多くの資料に被害を受けた,開架室の天井裏でスプリンクラー用パイプのつなぎ目部分がはずれて開架室と事務室の床が水びたしになり書架から落下した大量の図書・ビデオテープが水に濡れだめになった,館内に設置された清涼飲料自動販売機と水道管のつなぎ目部分が破損して玄関ホールが水びたしになりさらにこの水が地階書庫に入って床上40cmが浸水し書架から落下した録音テープ多数がだめになった,など建築設備がらみの水に関連する多数の事故が報告されている。また設備的なものではないが,地盤の液状化現象により吹き出した泥水により閲覧室を汚染された例もある。

 かつて図書館では万一の冠水を恐れ,水を使用しないガス消火設備を使用してきた。しかしそのハロンガスはオゾン層破壊の元凶として使用が禁止され,現在では水による消火設備に戻らざるを得ない状況にある。したがって,配管からの漏水事故やスプリンクラーヘッドに物をぶつけて冠水するなど日常的な水による事故の確率も高まっている。ことに際して適切に対処できるように,地震によるものではないが冠水事故とその対処法の一例を紹介しておく。

 1973年スタンフォード大学メイヤー図書館において,スプリンクラー配管の破損により地下の積層書庫に水が流れこみ約5万冊の図書が濡れるという事故が起きた。幸いそれらの図書はすばやく冷凍されその後減圧乾燥の過程を経て,大部分を甦生させることに成功した。

 残念ながら,わが国には図書館の冠水事故に使えるような大規模な減圧乾燥装置はない。しかしできるだけすばやく冷凍し,この種の蘇生の経験豊富なアメリカに送るという手もあるので,日ごろから図書館近傍の冷凍倉庫の所在を把握しておくことも有効だろう。

 館内にいる人々に災害の発生や避難勧告を行うことは主として音声によって行われている。視線の向きや遮蔽物によって伝わらない映像情報とは異なり,音声情報はどこにいる人にも,また何をしている人にも容易に伝わるからだ。しかしこの方法では,聴覚障害をもつ人々に災害情報を伝達することはできない。特別な受信機を身につけてもらうなど新しいシステムも考案されてはいるが,なかなか定着するまでには至っていない。これも図書館だけではなく社会全体として解決すべき問題である。

 

 家具の対策

 昨年の三陸南地震,宮城県北部地震,十勝沖地震あるいはあの兵庫県南部地震など,すべて図書館の閉館時に起きたことは幸いであった。しかしこれからも開館時に地震が起きないという保証はない。そのときに備え,1978年6月12日の宮城県沖地震,1983年5月26日の日本海中部地震を開館時に受けた東北大学附属図書館,秋田大学附属図書館の報告がそれぞれ『大学図書館研究』の13,24号に掲載されているので参考にしてほしい。前者には事務室内の書架が転倒していく様子が,後者にはブックトラックが疾走する様子が語られ,家具の耐震対策に貴重な示唆を与えている。

 過去の事例によれば,書架に配架されている図書は程度に差はあれいずれも落下している。しかしその後の漏水により被害を受けたものなどを除けば,図書の落下による破損は意外に少ないようだ。一般の図書は落下のショックを自ら吸収していると思われる。もし破損してもその程度は軽く,通常は修復可能だ。図書は配架されていた書架の足元に落下するので,書架の転倒さえなければ比較的短時間で再配架できる。これらの点を勘案すると,床にカーペットを敷きクッション性を高め,常に清潔に保つことが書架まわりの耐震対策としてまず求められる。

 転倒を防ぐため,書架は床に固定されなければならない。過去の地震では,低書架が床面上を大きく移動して通路を塞いだり,飛び上がって下に資料を挟み込んだ例もあるので,低書架でも床固定が必要なことは明らかだ。

 高書架の場合はさらにスチール製の頭つなぎを用いて書架上部をお互いに緊結する。頭つなぎがうっとうしいなどの理由で床固定のみに頼る場合には,その効果は頭つなぎの1/10以下ともいわれているので,強固な固定法の考案とともに書架そのものの強度の向上が必要になる。書架がその連方向に崩れた例もあるように,書架の十分な強度は固定の際の前提条件となる。なお,頭つなぎを延ばし周囲の構造躯体に結んではならない。地震時に想定外の水平力が構造躯体に加わり,建物を破壊する危険性があるからである。

 書架上部は緊結するが床固定はせず,書架全体の制動をかけた動きによって地震動を吸収しようという免震書架がある。建物全体が免震装置の上に載っている国際子ども図書館が震度4の地震を受けたが図書の落下はなかったということから考えると,図書の落下防止には威力を発揮するのだろう。ただ数十年に一度の大地震に備えいつもあのおおげさな上部構造に直面することには疑問をもつ。大地震時に図書は落下してもよいのではないか。開館時に開架室内で12,000冊の図書が落下した東北大学附属図書館においても,それによる学生の人的被害は報告されていない。

 地震動を感知すると棚前面にストッパーが飛び出し図書の落下を防止する装置は,三陸南地震では一定の効果が認められた。しかし地震の規模がさらに大きくなると,かえって危険ではないかと心配している。最上部が重いのは不安定要因の最たるものだ。日常の使い勝手からいっても,重い図書を最上部に置かないようにすべきだろう。

 兵庫県南部地震において電動集密書架は壊滅的被害を受けた。今回の宮城県北部地震でも類似の被害がみられた。書架間通路という図書を振り落とす余地がない集密書架の構造に起因する本質的な問題ではないかと危惧している。

 1994年1月のノースリッジ地震を受けたカリフォルニア州立大学ノースリッジ校の自動出納書庫は,図書の落下を含め地震から一切の被害を受けなかった。各コンテナーがラックにきっちりと収められているこの形式の書庫は,そもそも耐震的なのかもしれない。

 最後にブックトラックなどキャスター付きの家具について触れておく。これらの家具は地震の揺れに任せて動きなかなか転倒しないが,重量物が勝手に動きまわるという恐ろしい現象を起こす。開館時の多数の利用者がいるところでそのようなことが起これば,人的被害を免れることはできない。しかし前述の低書架の例もあり,強固なストッパーをつけてもその移動を止めることはできないだろう。現時点で私の思いつく対処法は,ぶつかった人の命だけは守れるように,ブックトラックなどの小型軽量化および角を丸くするなどの安全な形状をもたせることぐらいしかない。

 

(きの しゅうぞう : JLA施設委員会,木野建築設計事務所)
[NDC9 : 012 BSH : 1.図書館建築 2.災害予防]

 

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図書館雑誌 2004年3月号

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