IFLAブエノスアイレス大会レポート


2004年度 世界図書館・情報会議
(第70回IFLAブエノスアイレス大会)報告

宮部頼子


 第70回IFLAブエノスアイレス大会について,本誌10月号ですでに簡単な報告をさせていただいたが,大会終了後に発行されたIFLA Expressにより,本大会に関する最終的なデータが確認された。それによると,参加者総数は3835名(全期間参加者 : 2538名,同伴者 : 209名,ボランティア : 91名,初参加者 : 1237名),参加国数は121か国(アルゼンチン : 618名,アメリカ : 355名,ブラジル : 117名,中国 : 110名,チリ : 109名,ロシア : 102名,その他),発表者総数は409人であった。昨年のベルリン大会参加者4560名と比較すると幾分少ないが,地理的条件を勘案すれば予想以上の結果といってよいであろう。

 筆者にとっても初めて足を踏み入れる南米大陸であった。タラップから踏み出した第一歩には少なからぬ期待とときめきで,思わず力が入ってしまった。ブエノス・アイレスはちょうど地球の裏側なので季節が日本と逆になる。基本的に温暖で,「日本の4月くらいの気候,ウールのジャケットで間に合う」と知人から聞いていたが,到着した日はあいにくの悪天候であった。「しまった!コートを持って来るべきだった!」と一瞬後悔したが,翌日からはさわやかな晴天が続いた。筆者のホテルから主会場までは徒歩7,8分ほどであった。会場のヒルトンホテル近くまでずっと続く海沿いの石畳道には,海に向かって洒落たレストランが軒を連ねていた。純白のクロスと赤いバラ,大小のグラスがセットされたテーブルの間を,ワイシャツ・黒前掛け姿の若者たちが開店準備で忙しく行きかっていた。この辺りは観光名所でもあるらしく,店先のベンチで海を眺めるカップルや,遠く近くのヨットの帆を背景に記念写真を取り合う家族づれの姿も見うけられた。そうした景色を眺めながら,その国の土を踏みしめ,人々と同じ空気を吸い,同じ時を過ごしていると肌で感じられる何気ないひとときに,「旅する喜び」がジンワリと全身に染みわたる。とはいうものの,成田空港出発から片道30時間以上を,狭い空間に閉じ込められて,ほとんど睡眠もとれずに過ごす空の旅は,想像以上にきつかった。

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▲ 2004・IFLA大会会場のヒルトンホテル

 さて,今回は南米における最初のIFLA大会であり,「図書館 : 教育と開発のためのツール」をテーマに,発展途上国における図書館の重要性を前面に押し出したものであったが,「全体として大成功のうちに終わった」と総括することができよう。ボツワナ出身の会長,オーストラリア出身の副会長,シンガポール出身の事務局長,そして南米・アルゼンチンでの大会…と,IFLAが文字どおり世界を結ぶ図書館組織であることが,ひときわ強調された大会でもあった。

 以下に今大会に関する全般的な情報を,上述のIFLA Express第8号掲載のIFLAプロフェッショナル委員会委員長の報告から紹介しよう。

 全体会議ではアルゼンチンのノーベル平和賞受賞者,アドルフォ・ペレ・エスキヴェル氏と,アレクサンドリア図書館館長のイスマイル・セラゲルディン氏の講演がそれぞれ行われ,会場は参加者で埋め尽くされた。後者は画像を多用し,新生アレクサンドリア図書館の最新設備を伴った多方面における活動が余すところなく紹介され,会衆に感銘を与えた。

 IFLAのマネジメント・マーケティング・セクションと3M図書館システム社は「第3回IFLA/3M国際マーケティング賞」を発表した。この賞はマーケティング・コミュニケーションへの戦略的アプローチ,創造性と革新性,社会における図書館への関心と支援を生み出す可能性,といった点を基準に,52件の応募に関して審査を行った。その結果,オーストラリア・イスラム大学が1位に選ばれた。理由は,「来た,見た,読んだ(I came,I saw,I read)」というスローガンを掲げ,アフガニスタン,イラク,ソマリアからの300名の避難民の子どもたちを対象にして,識字およびコンピュータ・リテラシー促進のためにその図書館資源を使ったことが評価されたのである。賞金として,今大会への航空運賃,滞在費,登録費および今後のさらなる推進のために1000米ドルが贈られた。第2位はロシア・カムチャッカの地域研究図書館で,地域の高齢者や障害者へのアウトリーチ・プログラムが評価された。この図書館のキャンペーンは「こころの医療」である。第3位はアフリカ・象牙海岸の米作センターで,西アフリカの全国農業システムの研究者たちに,その最新情報を提供するプロジェクトが受賞した。

 今大会に際してはサテライトミーティングも活発に行われた。マネジメント・マーケティング・セクションはサン・パウロで開催され,26か国から250名が参加した。またブエノスアイレスのサン・アンドレ大学での会議には,1961年パリ原則に代わるIFLA国際目録原則を進めるために,20か国から40名が参加した。今大会のプログラムでは,ラテンアメリカに関するテーマが全般的に多かったが,「議会図書館」に関するニュースとしては,ラテンアメリカ議会図書館協会が創設された。世界各地における国立図書館の役割の違いはトリニダド・トバゴの例で特に強く印象付けられた。ここではヨーロッパ諸国とは異なり,国立図書館が公共図書館と学校図書館サービスを担っているという状況がある。「多文化図書館」に関しては,ラテンアメリカとカリブ海沿岸諸国における多文化利用者のためのサービスについて終日熱心な議論が続いた。また「学校図書館」セクションでは,スペイン語と英語によるストーリー・テリングのセッションが企画された。今回の多文化セクションのテーマは「バイカルチャー,バイリンガル教育とラテンアメリカ土着の図書館開発」であった。「保存」セクションと「視聴覚」セクションに関しては,ブラジル,チリ,ウルグアイからのビデオとオーディオによる発表を含む,ジョイントプログラムが企画された。「教育・研究」セクションでは,ブエノスアイレス大学の図書館情報学研究所を訪問し,スペイン語と英語による発表が行われた。ポスターセッションはいつもにも増して盛況で,ラテンアメリカに関する多くの知見が提供された。その中から「若者の図書館ボランティア : 受身の利用者から積極的な企画者へ」に対して,最優秀賞が与えられた。

 ここからは,筆者が個人的に参加した会合や大会中に見聞きしたこと,感じたことを中心にその一部を紹介してみよう。

 展示会場内のIFLAブースでは,韓国図書館協会関係者・スタッフが,来年度開催国のノルウェーを凌ぐほどの活発なPR活動を展開しており,人々の目を引いた。韓国はこの他にも韓国国立図書館として別のブースを設けており,2006年IFLAソウル大会へ向けての国を挙げての取り組みが着々と進んでいる様子がうかがわれた。なお,2007年は南アフリカのダーバン,2008年はカナダのケベックが大会開催予定地となっている。

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▲ 展示会場内のIFLAブース・韓国図書館協会関係者と

 開会式は世界3大劇場の一つといわれる市街のコロン劇場で行われた。丸天井一杯に描かれた絵画,エントランスとロビーの壁面を鮮やかに彩るステンドグラスなど,予想にたがわぬ絢爛豪華さであった。しかし入場案内の手際が悪く,式の開始が大幅に遅れたのは残念であった。その上,ケイ・ラゼロカIFLA会長挨拶の最中,度重なるマイクの不調によりそのつどスピーチ中断という事態が起こり,初日から大会運営に対する不安の念を抱かせた。その後は大きなトラブルもなく,無事に最終日まで進んだのは幸いであった。

 夕方,ホテル近くの目抜き通りを歩くと,そこかしこに人垣ができていた。中ではタンゴのリズムに身をゆだねたカップルが華麗なダンスを披露していた。沿道の人々も足を止め,ともに音楽とダンスに酔いしれていた。あるとき,5〜6歳の兄弟が道端に並んで座り,小さなバンドネオンを弾いて日銭を稼いでいる姿を目にした。一瞬,胸が詰まった。しかし幼いながらこの二人の音楽家の,すべてを忘れて音楽に没入している,真剣で満ち足りた表情を見ていると,不思議な安らぎと感動を覚えた。日本での一日中時間に追われ続ける生活から離れ,異空間に身をおいて,「多少のことにカッカイライラするのはいかにも無意味,人生もっとゆったりと,楽しんで,味わって生きるべし」ということを教えられた。

 会期中の一日,筆者はSkills and Techniques for Information Literacy Instruction: A workshop(「情報リテラシー指導のための技能・技術 : ワークショップ」)に参加した。これはアメリカの若手女性研究者3名が企画・実施したワークショップで,参加者は50名ほどであった。情報リテラシー指導者としての能力開発を意図した,参加型の実践的なプログラムであった。まず情報リテラシー指導におけるアクティブ・ラーニングの重要性が強調された。すなわち何らかの形で利用者自身が参加するタイプの指導が効果的であるということである。参加者はアクティブ・ラーニングに対する各自の考えを話し合い,さらに,9項目の具体的なアクティブ・ラーニング・テクニックのリストを渡されて,自分が最も複雑だと考えるものから,最も簡単だと考えるものまでランクづけすることが要求された。リストには,Active listening guide(関連質問を盛り込んだプリントを配布して,利用者は指導説明を聞きながら,回答を書き込んでいく),Lecture summaries(指導説明のあとで利用者に3分間で,覚えていることをすべて書き出してもらう)等が含まれていた。ランク付けは壁に張り出されたリスト上に一人ひとりがマークしていく方法で行われた。その結果,参加者の中での各項目に対する評価・認識にかなりのばらつきがあることが分かったのは興味深かった。最後に数人単位のグループを作り,このアクティブ・ラーニングに関するお互いの意見交換とまとめを行った。終わってみると,このワークショップ自体がアクティブ・ラーニングそのものであったことに気づかされ,企画実践した3人の若手研究者の手腕に思わず「お見事!!」と唸ってしまった。

 今回,図書館見学で筆者が訪れたのは国立図書館である。ブエノスアイレス市街地に位置する超モダンな,しかし「これが国立図書館?」と驚くほどこじんまり見える建物であった。隣接して国立図書館員学校(National Librarians School)があり,毎年およそ100名が入学してくるそうである。国立図書館の職員数は340人であるが,司書は45名である。そのうち専任職員はわずか7名で,その他はすべて非常勤ないし臨時職員身分とのことである。国の図書館政策は政治的要因によって決定され,図書館管理者にも専門職の素養はほとんどないため,図書館本来の使命に基づいた運営を実施するための長期的プロジェクトを打ち立てることが困難な状況が,これまでずっと続いているそうである。蔵書はおよそ120万冊である。2003年統計では新聞は28300,逐次刊行物は11729,マイクロフィルムは880となっている。書誌,新聞,逐次刊行物の受入は納本制度,交換,寄贈によるものがほとんどで,購入されるものは多くない。貴重書室,地図資料室はじめ研究者に限定されている部屋も多いが,最近の傾向としては学校図書館がまだ十分整備されていないため,初等・中等学校の生徒が国立図書館を利用するようになっている(注 : Referencias, Vol.9, No.1, Special issue, 2004.8,p.27-29. 大会配布資料)。

 アルゼンチンにおける図書館活動は今後に期待される面が大きいことが随所に感じられた。それは国立図書館の全体としての資源不足,パワー不足にも表れている。この国がこれまで置かれてきた,歴史的・経済的側面をはじめとするさまざまな困難な状況が,図書館活動を促進するうえでも大きく影響していることは想像に難くない。それを想うとき,今回の第70回IFLAブエノスアイレス大会を見事に成功させた,この国とこの地域に生きる図書館関係者の,われわれの想像をはるかに超えるものであったに違いない苦労と努力,そして情熱に,改めて心からの敬意を表せずにはいられない(『国立国会図書館月報』12月号にも参加職員のIFLA報告が掲載予定)。