青少年社会環境対策基本法案についての見解

2001年3月21日
社団法人 日本図書館協会
 

 参議院自民党政策審議会の下に設置された青少年問題検討小委員会が昨年4 月に策定した「青少年社会環境対策基本法案」(当初は、青少年有害環境対策 法案。以下、法案)が、議員立法として今国会に提出されようとしています。  

 日本図書館協会は、戦前に公立図書館が国家意志を担って「思想善導」と検 閲のための機関となった歴史を反省し、戦後、「図書館の自由に関する宣言」 (1954年総会決定。1979年改訂)を図書館界の総意として確認し、国民の知る 自由・学習する権利を保障することが公立図書館の基本的任務であることを表 明しました。少数意見、あるいは不快、危険と批判を受ける表現をも含め、言 論・思想が自由に表出され自由にアクセスできることが必要です。それが日本 国憲法の原理の求めるところであり、図書館はその実現維持のために不断に努 力することを使命とします。  

 本法案は、政府と地方公共団体に対し、子ども達の発達に悪影響を与えると 考えられる商品や情報を幅広く規制する権限を与えるものです。子ども達が幸 せに成長することは社会の願いです。しかしながら、法案はそれに応えるもの ではなく、次のような重大な問題点をもっています。  

 第1に、規制の対象とする表現等の内容の定義が不明確で、恣意的な拡大解 釈を許すことです。  

 規制を予定する対象を「有害な社会環境」とし、それが「誘発し、若しくは 助長する」ものとして性と暴力の逸脱行為に加え、これも曖昧な「不良行為」 を例示していますが、なおこの3つに限定してはいません。これらの行為を「誘 発し」「助長する等青少年の健全な育成を阻害する恐れのある社会環境をいう」 と同義反復して、規制対象とする表現内容を明確に定義していません。これは 規制する表現対象の恣意的拡大を可能にし、表現の自由の萎縮をもたらす立法 であり、違憲の疑いが強いものです。  

 第2に、政府は1977年度以来、再三「有害」図書類と青少年の「逸脱行動」と を関係づけるべく調査を重ねていますが、「有害」図書類に接することが逸脱 行動の原因であるという結果は得られていません。表現と行動の因果関係が科 学的に証明できないのですから、どのような表現が逸脱行動の原因であるかを 科学的に定義することは不可能で、このことも規制する表現対象の恣意的拡大 を可能にします。  

 法案作成者の談話によると、子どもに親しまれてきた絵本の『くまのプーさ ん』でさえ大きなまさかりで殺す場面が出てくるという理由で規制の対象にな りかねない状況です。(長岡義幸:強まる「有害」規制の動き 『文化通信』 2000.2.5号)  

 第3に、現在46都道府県で施行されている青少年条例の有害図書類の規制に比 べて、規制のレベルが高いことです。  

 これら青少年条例の有害図書指定制度は、規制の度を強める一方、一部世論 に迎合し、目的逸脱の疑いのある指定事例が見られるとはいえ、多くが第三者 審議機関による指定審査や不服申立ての制度を備えて指定の客観性や透明性を 図っています。しかしながら、法案にはこのような表現の自由を尊重する制度 はなく、全国斉一の行政措置が強力に執行されることを許すものです。  

 第4に、政府や地方公共団体などの行政機関に、人の価値観やモラルなど内心 の領域への侵入を許すことです。  

 例示されている性に関する表現にしても、規制立法は青少年保護が目的とは いえ違憲性の高いものです。例えば衆議院法制局が衆議院文教委員会に提出し た見解「『ポルノ』出版物の規制について」(1977年5月13日)の中でも、「そ もそも性の問題は、人間存在の根元にかかわることであり、家庭・学校その他 の場を通じ、良識による判断・選択により問題の解決が図られるべきもの」と 述べられています。  

 第5に、政府や地方公共団体などの行政機関に、社会の木鐸たる報道メディア に直接介入する権限を与えることです。すでに報道・出版に関わる諸団体から 検閲の危険さえ指摘されていますが、私たちもその危惧を抱くものです。  

 「図書館の自由に関する宣言」改訂から20年経過し、宣言は資料提供の規制 や排除などの事例を通じて社会的理解と支持を広げてきました。しかしながら、 宣言の基本的精神に反する自己規制が、行政の指示や誘導に基づいて行われる 事例が増加しております。本法案が成立すれば、一層それを助長し、ひいては 民主主義の根幹である国民の知る権利を著しく阻害する結果になります。  

 以上の理由により、当日本図書館協会は、本法案が今国会に提出されること に反対を表明します。