[特集]図書館と災害・安全対策


公共建築の安全・安心を考える

吉村英祐


◆建築に求められる安全性

 国連のWHO(世界保健機構)が建築に要求される基本性能として「安全性」,「保健性」,「利便性」,「快適性」をあげているように,安全な建築をめざすことは,国際的にも重要なテーマである。しかし,一口に安全性といっても,建築に求められる安全性は,以下のように実に多様である。

(1) 構造安全性
 自重や床荷重,積雪荷重を安定して支えるとともに,地震や強風等の外力に耐えること。爆発や衝突による衝撃に耐えることが要求されることもある。

(2) 自然災害安全性
 地震,洪水・高潮・津波による浸水,火山噴火による噴石・降灰,豪雪等に,ハード・ソフト両面からの対策が講じられていること。

(3) 火災安全性
 内装を不燃化し火災の進展や煙の発生を抑制する。スプリンクラーや消火栓等の消火設備により,火災の進展前に鎮圧する。防火・防煙区画により,火災の延焼・拡大を防止する。耐火構造にして火熱による構造体の損傷や倒壊を防止する。

(4) 避難安全性
 火災に対しては,熱や煙を避けて安全な場所まで避難できる経路が確保されており,また消防隊の救助活動がしやすいこと。地震に対しては,構造体の破壊,建具の変形,落下物・転倒物等による避難経路の閉塞,避難階段の破損・離脱が生じないこと。また,適切な避難誘導が行われること。施設の種類によっては,自力での避難が困難な障害者や高齢者の避難安全性の検討が求められる。

(5) 日常安全性
 墜落,転落,転倒,ぶつかり,はさまれ等の日常災害が発生するおそれがないこと。不特定多数が利用する公共建築では,特に重要である。

(6) 防犯安全性
 不審者の侵入,盗難,放火,突入,破壊行為,テロ等を未然に抑止すること。物理的に防御する方法と心理的に接近・侵入しにくい空間構成,衆目による監視機能による防御方法があり,必要に応じて防犯設備機器を設置する。地域開放が要求される施設においては,防犯安全性との両立が重要な課題となる。広義には,コンピュータネットワークへの不法侵入防止も含まれる。

 

◆公共建築と災害

 過去のさまざまな建築の災害事例を分析すると,防災の基本をおろそかにしていた,あるいは災害を甘くみていたことに起因しているものが少なくない。全般に安全性が高いとされてきた公共建築も例外ではないことは,過去の災害調査報告書からも明らかである。一例として,図書館の被災事例を中心に紹介する。

(1) 地震による被害
 阪神・淡路大震災(1995年)では,書架の転倒,集密書架の脱線,図書資料の散乱等の被害が多数発生したが,地震発生が早朝であったため,死傷者が出なかったことは幸いであった。また,2003年5月と7月に東北地方で発生した地震も,閉館時間帯であったため人的被害はなかった。だが,いずれも開館中であれば多数の死傷者が出ていた可能性がある点を見落としてはならない。

(2) 火災による被害
 一般に,図書館は火災発生の危険性が非常に低い。だが,ひとたび火災が発生すれば,人的被害はなくても熱・煙・ススの被曝,スプリンクラーの作動,消防隊の消火活動により,多数の図書資料が損傷するおそれがあるので,貴重図書を収蔵している場合は,ふだんから収蔵場所にじゅうぶん気をつけなければならない。

 1923(大正12)年の関東大震災では,明治大学図書館がポアソナード博士の起草・直筆による民法の書籍を,東京商科大学図書館が保険に関する村瀬文庫を,また東京帝国大学が幕府資料をはじめとする76万冊余りを火災で焼失した。阪神・淡路大震災では火災による図書館の被害はなかったが,これは単に幸運であったにすぎない。

(3) 水害
 過去10年間に限っても,1994年9月の北摂豪雨で大阪大学附属図書館が1m水没し,1997年8月には洪水により,アメリカ・コロラド州立大学図書館で50万冊以上の蔵書が水につかっている。

 図書館以外では,1994年に大阪国際空港が,1998年には高知県立美術館がそれぞれ集中豪雨で水没した。また,2000年の東海豪雨ではナゴヤドームのグランドが浸水し,ドーム球場が雨で試合中止という珍事が発生している。

 

◆災害を軽減する建築計画

 建築基準法は,その第1条に書かれているように,最低の基準を定めたものにすぎない。したがって,災害時にこそ機能を発揮する必要がある市役所,消防署,警察署,病院,放送局等は,構造の耐震性のほか,電力・通信,水等のライフラインを確保するために,設備機器・配管類の耐震性を高める必要がある。

 また阪神・淡路大震災以降,建築計画による被害軽減の重要性が認識され始めた。以下に,その検討事項を整理する。

(1) 敷地の選定
 敷地の特性(地形,地質,気象条件),過去の災害履歴等をもとに,その敷地で予想される災害の種類・最大規模・発生頻度を調査し,建築計画上の対応策を事前に検討する。

(2) 配置計画
 敷地境界・道路境界からの距離,隣棟間隔等を考慮して建物の外壁位置を決定し,外部からの延焼危険性を低減する。また,地震時にタイルやガラス等が落下する危険性がある範囲や落雪のおそれがある範囲に人が近寄れないよう,植え込みや池等を設ける。

(3) 平面計画
 構造計算のコンピュータ化が進んだとはいえ,構造上バランスのよい平面計画を基本とすべきである。また,単純明快な避難経路,二方向避難の確保,居室,廊下・階段への自然採光・自然換気等を極力はかることも重要である。

(4) 断面計画
 上部が重たい階構成やピロティ形式は地震に対して不利になるので,採用にあたっては十分に注意する。壁面を階段状に後退させたり,バルコニーを設けたりすることで,地震による外壁やガラスの地上への落下防止,火災の上階への延焼防止,一時避難場所としての役割が期待できる。

 水害に対しては,地下室の浸水防止,機能維持に必要な諸室や設備機器類を2階以上に設置する等の対策を講じる。甲南大学図書館(1978年)は,1938年の阪神大水害で旧図書館の1階が土砂で埋まり,多くの図書資料を失った経験から,改築時に書庫を3・4階に上げた。江戸東京博物館(1992年)が空中に持ち上げられているのは,隅田川の氾濫による被害を受けないようにするためでもあるという。大阪市水上消防署(1998年)は,阪神・淡路大震災の経験をふまえ,津波に備えて電気室,機械室等を6階に上げる等の対策を講じることで,災害時の機能維持を図っている(図1)。

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1階が浸水しても機能が維持できるよう、電気室と機械室を6階にとってある

図1.津波・高潮に備えた大阪市水上消防署

 

◆公共建築・公共空間における日常安全性

 不特定多数が利用する公共建築や公共空間は,日常安全性に対する格段の配慮が必要である。だが現実には,公共建築や公共空間においても,以下のようなさまざまな危険箇所が存在し,設計にフィードバックされることなく同じ過ちが再生産され続けている。

(1) 磨いた石,金属,磁器タイル等の平滑な材料を床に使うと,足を滑らせて転倒するおそれがある。

(2) 単一材で同一仕上げの段差は見えにくく,危険である(図2左上)。

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段差が見えにくいため「階段注意」の表示と植木鉢で注意を喚起している

図2(左上)

(3) 手すりに横さん等の足がかりがあると子どもがよじ登り,縦さん・横さんの間隔が広いと子どもが隙間をくぐり抜けて,いずれも落下事故につながる危険性がある。また,手すりが低い,手すりの強度不足による破損も,転落・墜落事故の原因となる。

(4) 急勾配階段,何層にもわたる連続直線階段,踊り場がない直線階段,手すりがない階段は高齢者や身障者のみならず,一般の人にとっても昇降時の不安が大きい。

(5) バリアフリーの最低基準である勾配112よりも急なスロープ,踊り場設置間隔が長いスロープ,カーブしているスロープは,安全上の理由から車いす利用者単独での利用が制限されることがある(図2右上)。

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傾斜が急なため介助者なしの車いす利用が禁止されたスロープ

図2(右上)

(6) 透明ガラスの多用,視野に入りにくい頭上や足もとの突起物等,人間の行動や心理への配慮に欠けた設計は,非常に危険である(図2下)。

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ベンチの上の天井面は床から180cmしかないため、頭をぶつけないよう注意喚起のテープが貼られている

図2(下).さまざまな危険箇所

 

◆再び公共建築の時代へ

 公共建築は,利用者の安全性と利便性を第一に考え,各種法令の遵守はいうまでもなく,独自の高い基準の設定,実績のある材料・工法の採用,堅実なディテール,厳正な施工管理や現場監理により,利用者に安全と安心を提供することが重要である。だが,そのことが,機能一辺倒である,デザインが固く画一的である等の批判を受ける要因ともなっていた。その批判をかわすかのように,1980年代に流行した「ポスト・モダン」のデザインの影響が公共建築にも及び,建築家の自己満足としか思えないような奇抜な形態の公共建築が少なからず建てられた。この風潮を打ち砕いたのが,地球環境問題に対する社会意識の高まりと,阪神・淡路大震災である。

 今一度,建築の基本に立ち返り,公共建築が世の中の建築のあるべき姿,今後の進むべき方向を示すべきではないだろうか。災害時には市民の生活を守り,日常は市民に安全・安心を提供する「人にやさしい建築」と,長寿命で環境負荷の小さい「地球環境にやさしい建築」のモデルを模索し提示することが21世紀の公共建築に与えられた課題である。その責任と期待に,公共建築がどうこたえていくかが問われる時代を迎えたといえよう。

 

参考文献
・吉村英祐「非常時を想定した建築計画」『建築雑誌』Vol.112,No.1407,日本建築学会,1997年6月,pp.38-39

(よしむら ひでまさ : 大阪大学大学院工学研究科)
[NDC9 : 012 BSH : 1.図書館建築 2.災害予防]

 

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図書館雑誌 2004年3月号

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