エッセイ

図書館新館見学報告
 ―創造する空間としての多摩美術大学八王子図書館―

戸田光昭(駿河台大学名誉教授)

 図書館利用教育委員会の委員が中心になって,2007年春に開館した新しい図書館を見学した。これは,多摩美術大学創立70周年記念事業の一環として計画され,美術大学の新しいスタートに相応しい事業として完成したものである。図書館という場所が「知の収集だけでなく,情報発信を,更には私たちを取り巻く常に変化する事象そのものとして存在しえる」ことを目指したもので,その意図は達成されつつあると,見学して感じた。

 訪問して,まず,感動したことは,図書館入口の1階の床が水平になっておらず,地面の傾斜のままに,緩やかな坂になっていることである。建物の外と内の地面が一体化しているのである。1階には雑誌の最新号を展示し,ブラウジングできる「マグテーブル」のコーナーや,映像閲覧のための「メディアバー」「メディアシート」がある。これは緩い斜面に,自然に配置されている。坂になっているという説明がなければ,意識できないほどの緩さである。

 このような建物はバリアーフリーの時代に適合しない図書館であると言われそうであるが,現地を見ればそうではないことがわかる。キャンパス全体が多摩丘陵の傾斜地に位置しているため,学内を移動するのは健常者でもきついのである。そこで,校地内を移動するのに,電動自転車を研究室に準備した教授もいるとのことである。身体障害者用には電動車椅子を用意しておけばよい。

 1階雑誌コーナーのさらに右奥の窓際には,大きなラウンジカーペットが置かれている。3000mm×8000mmのフェルト状のソファであり,利用者はゆったりと身を投げ出して落ち着くことができる。実際に,仰向けになって身を任せた人は,天井に星が見えたそうだ。まさに,<図書館の創造的な利用法―コミュニケーションとブラウジングのためのインタラクションデザイン>となっている。  この新図書館を紹介した本が話題になっている。日経新聞読書欄でも紹介された。それは,『つくる図書館をつくる―伊東豊雄と多摩美術大学の実験』鈴木明,港千尋,多摩美術大学図書館ブックプロジェクト編,2007年7月 鹿島出版会,190p. 2,500円(税別)である。本書のようなデザインコンセプトを中心にして,図書館を実験的に,しかも実証的に取り扱った本が,これからも,多数出版されれば,日本の図書館界はさらに活発化するであろう。

 そして,この図書館を見学して感心したことは,この本に掲載されている思想とデザインが実際に現場で生かされていることである。そのまま採用されているものもあるということである。館内サイン(案内図や案内板)は本書に掲載された図版が巧妙に生かされているし,図書館利用案内や見学者用の小冊子にも,写真を含めて取り入れられている。美術大学でなければできないような応用が現場にも採用されていることに,感激もしたのである。

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