図書紹介
図書館利用から読解力(読解リテラシー)の向上・開発が始まる
 ―多様な辞書を活用する場としての学校図書館―

(A)『7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる』深谷圭助著,すばる舎,2006.9,255p.

(B)『フィンランド国語教科書 小学3年生―日本語翻訳版 フィン   ランド・メソッド5つの基本が学べる―』メルビル・バレ,マル   ック・トッレネン,リトベ・コスキバ著,北川達夫,フィンラン   ド・メソッド普及会訳,経済界,2006.5,93p.

(C)『スウェーデン式アイデア・ブック』フレドリック・ヘーレン著,   中妻美奈子訳,ダイヤモンド社,2005.3,95p.

辞書を引いて語彙力を増大させ,考える力を伸ばすというのは,昔から小中学校で行ってきたことで,特に新しいアイデアではない。このような本が新しい教育法であるかのようにして,特別に宣伝して(大きな新聞広告が掲載された),発行されるのは,教育の環境が激変していることの表れであろう。

小学校の国語教科書では,3年生にならないと、辞書の引き方が出てこない。その結果,調べるために「便利な七つ道具」の中に,ファイルはあるが,辞書は入っていない。「図書室へ行こう」(「図書館」と表現すべきであろう)という特別ページがあるが,「読書の広場」という扱いで,調べる場所という位置づけではない。教科書に載っていなくても学習することは可能であるが,ほとんどの授業は教科書中心で行われているようである。

「小学1年生に辞書を使わせよう」と考えた深谷先生は,刈谷市立亀城小学校に着任した1987年に辞書を用いた指導を始めた。一冊の辞書を入口として,自分で答えを探す面白さを知らせると,子ども達は片時も辞書を放さず,興味のおもむくままに学び始めたという。これは,好きなだけ自主的に学べるので,子どもの可能性を最大限に引き出すことができる。一冊の辞書を各自に用意させることから始まる「辞書引き学習法」を具体的に紹介しているのが,(A)の本である。日本語能力の向上は算数,理科の文章問題にも効果があり,総合的な学力向上にも役立っているということである。

この本の中には「複数の辞書を,当たり前のように使いこなす」,「言葉の収録数が多い辞書を選ぶ」,「辞書を選ぶときのコツ」などの項目がある。しかし,どの項目においても、書店へ行って選ぶとか,「購入案内リスト」にもとづいて書店で購入すると書いてあるが,図書館へ行って多くの辞書を使ってみるとか,図書館で自分に合った辞書を見つけるなどの図書館利用の視点が全くないのは残念である。辞書は高価であるから,個人的に複数の辞書を備えるのは難しい。また,種類も多いので,学校図書館(学級文庫を含む)で備えておき,これを利用するのが,学校教育では重要であろう。

フィンランドは国際的な学習到達度調査(PISA)の読解部門で連続1位を獲得して,最近は日本でも注目されるようになった。その国語教科書の日本語翻訳版が発行された。それが,(B)の本である。この本のシリーズは,この他にも,小学4年生の教科書やフィンランド・メソッド入門などが発行されている。

この本(教科書)は,「ようこそ ひみつクラブとエノの特訓道場へ」というメッセージで始まる。そして,書名の副題には,「対象年齢:9歳以上~大人まで」とある。この部分は日本語版だけにつけられたもののようである。本にかかっているカバーの解説には次のように書かれている。

「本書はフィンランドの小学校で使われている国語の教科書を翻訳し たものです。もちろん日本でそのまま使えるように翻訳に工夫をこらし てあります。」

「フィンランドの国語の教科書は,五つの力『発想力』『理論力』『表現力』『批判的思考力』『コミュニケーション力』を自然に身につけることができるように構成されています。」

「大人にとっても相当に手ごわい内容になっています。日本の学校では,まったく教えられてこなかったことばかりだからです。」

「子どもが学ぶ場合は,小学校3年生に限定することなく、高学年の指導にも利用するなど,柔軟な対応が可能です。またビジネスパーソンの自己啓発,あるいは企業内研修でも,この教科書はそのまま使えるはずです。」

はじまりにあったメッセージ「ようこそ、ひみつクラブへ!」の意味は,この教科書がバスキマキ小学校3年生の仲間と一緒に,本を読んだり,話し合ったり,発表したり,作文を書いたりするということである。この小学校の物語「ひみつクラブ」の原作は,カリ・レボラという作家によって書かれたもので,この作家の紹介も掲載されている。

フィンランド教育の特色は,図書館が活用されているということである。最近のテレビ特別番組(NTV)と読売新聞でも,フィンランドにおいては,公共図書館利用回数(頻度)が日本の2.5倍もあり,貸出冊数は5倍以上あることがその原動力であることが紹介されていた。それほどに,図書館の果たす役割が大きく,教育効果に寄与している。この国語教科書でも,図書館が最初から登場し,学級文庫の作り方まで出てくる。

そして最後に,まとめでは,学習の過程(流れ)が「物語の型」として解説されている。すなわち,(1)書き出し(問題の始まり―いつ?どこで?だれが?なにを?)⇒(2)問題が起こる(どこで?誰が?何を?)⇒(3)問題を解決しようとする第1の挑戦・・・>失敗(どうゆう挑戦?)⇒(4)第2,第3・・・の挑戦(どうして失敗するのかな?)⇒(5)ついに解決・・・>結び。

このように型(パターン)が具体的に示されていることが,これを使う生徒にとって分かりやすい教科書なのである。このパターンは,JLA図書館利用教育委員会が1988年に策定した『図書館利用教育ガイドライン』の中で,目標としてまとめた「領域」(情報利用能力の到達過程)と同様な考え方であると言えよう。

「ガイドライン」では,領域1「印象づけ」(始まり),領域2「サービス案内」(図書館利用の実際),領域3「情報探索法指導」(問題解決への第1の挑戦),領域4「情報整理法指導」(問題解決への第2,第3・・・の挑戦),領域5「情報表現法指導」(情報の生産と伝達を行うことによる問題・課題の解決)ということになる。

北欧にはデザインの国と言われるスウェーデンがある。(C)の本はこの「北欧デザイン,ポップカルチャー,絵本などで有名な,アイデアとセンスの国からやって来た創造性を育む小さな本」(表紙の帯のことば)である。情報を集めるのは,新しいアイデアを創造するためであるが,創造することは難しい。模倣することは容易である。いかにして創造性を養うかは,教育・訓練における大問題である。この本は,この課題に身近な話題から挑戦している。

例えば,「創造性の4B」では,多くの人がひらめきやすい場所を4Bとして示している。バー(Bars),バスルーム(Bathrooms),バス(Busses),ベッド(Beds)である。日本でも「三上」と言って,文章を練るのに最もよく考えがまとまる三つの場所として,馬上(4Bではバスにあたる),枕上(4Bではベッド),厠上(4Bではバスルームであろうか)が挙げられている。

このように,いろいろな場所が挙げられているが,「会社にいるとき」という答えは,聞いたことがないとこの本でも言っている。しかし,理想的な図書館ではそれが可能なのではないか。この話題に関しては,次回に他の本を紹介しながら,考えることにしたい。

(戸田光昭/駿河台大学名誉教授)


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