2005年7月8日

文字・活字文化振興法案について

社団法人日本図書館協会
 

日本図書館協会は、活字文化議員連盟提案の「文字・活字文化振興法案」(以下、法案)について、活字文化の振興を図るという趣旨には共感するものですが、関係者による検討を十分行い、幅広い合意を得てすすめられることを求めます。その目的とするところを実現するためには、図書館や読書、出版など文字・活字文化に関わる多くの関係者や団体、機関などがその内容について合意、あるいは一致することが必要です。それが法案の期待する基本理念実現の推進力となると考えるからです。  

議員連盟から「法施行に伴う施策の展開」が提示されました。これには多岐にわたる内容が盛り込まれており、また関係者の間に異論があるものもあります。いろいろな意見が出ることが予想され、それだけに十分な議論が必要です。 図書館は文字・活字文化振興の一翼を担っております。法案もその点を重視し、図書館の基盤整備、強化を述べています。それを実体化することが必要であり、実効性ある施策の実現が肝要です。  

2001年の子ども読書活動推進法案の国会審議の際、明らかになったことは日本の図書館状況の貧しさでした。人口当たりの公立図書館数は、G7各国の平均に比べて3分の1程度しかなく最低であること、5割近くの市区町村には公立図書館がないこと、ほとんどの学校図書館には専任の専門職員がいないこと、図書館資料費が減少傾向にあることなどが明らかになりました。これらはいずれも図書館の基盤に関わることです。この事態は現在でも変わりません。言いかえれば活字文化を支える基盤が脆弱であるということです。まずこの現状を改めて述べたいと思います。

  1 公立図書館は足りない
 合併により、図書館未設置市区町村の「解消」が進んでいます。私たちの調査では、この2年ほどの間に100を超える市区町村に図書館が「ある」ことになりました。合併により図書館のサービス圏域は広がりますが、住民の身近に図書館がない実態は変わりません。複数の図書館をもつ市区町村は15%しかなく、すべての住民の生活圏域に図書館があるという実状ではありません。  合併が進む今日、人口当たりだけではなく、河川、湖、原野などを除いた可住地面積を指標とした図書館設置を目標として打ち出すことが必要です。現在、1図書館当りの可住地面積は平均30平方キロメートルです。その格差は著しく10平方キロメートル未満の市区町村が1割ある反面、50平方キロメートル以上が4分の1あり、さらに100平方キロメートルを超えるところが1割近くもあります。合併によりこれがますます拡大しています。  せめて中学校区規模に一つの図書館が設置されるよう施策の実現を望みます。このことが実現すると平均10平方キロメートルに1館となり、結果として人口当たりの図書館数もG7平均並みになります。

2 資料費が少ない
 公立図書館の年間資料費は年々減り続け330億円となりました。1図書館当りの資料費は1187万円と、ピーク時の1993年から430万円も減少しています。市区町村の図書館を支援する役割を持つ都道府県立図書館では1億円を超えるところは8都府県に過ぎません。毎年刊行される全書籍を1点ずつ購入するとした場合、その必要経費は1億9千万円程度と算出できますが、それを可能とするところは僅か1県のみです。  大学図書館の資料費は730億円で、これも増えず低迷しています。大学の法人化、経営管理方法の変化等により、その確保も容易ではありません。  公立小中学校の学校図書館には、教材費とは別に1993年度以降、図書整備の交付税措置がなされておりますが、著しく増加したという状況にはなっていません。高等学校の場合は、その措置すらなされておりません。  公共、大学、学校などすべての図書館の資料費を集めると1200億円と推定されますが、これは全出版販売額の5%弱です。図書館が出版文化、文字・活字文化を支えると言える状況には程遠い現況にあると言わざるを得ません。その増額は、それぞれの図書館の設立母体である自治体や大学法人、学校法人の努力に任せるというだけではすませられない状況であり、国としての具体的な施策が必要なことを示しています。 法案には「学術的出版物」の普及が盛り込まれています。専門書、学術書の普及にとって最も確かな保障は、図書館の資料費の増額です。  公立図書館や公立小中学校の図書館には地方交付税により図書費が積算されています。これは図書館の最低行政水準を示す施策として重要ですが、三位一体改革が進むなかでは意図した形での実現を求めることに無理があります。政府に実効性のある施策を求めるものです。

3 図書館に専任の専門職員を置く
 図書館が機能するためには、そこに専任の専門職員が必要であることは誰しも認めるところですし、本法案もそのことを前提にしております。図書館法で必置とされている司書は一部の図書館にしか発令されておらず、司書となる資格を有する者を加えても正規職員の5割未満です。地方公務員の削減、非正規職員化の影響により絶対数が減る状況にあります。司書有資格者のいない図書館が4分の1もあります。司書有資格の図書館長は16%に過ぎません。  12学級以上の学校に義務設置された学校図書館の司書教諭はほとんど兼務であり、図書館業務に専念できる状況にはありません。学校司書が配置されている学校は少数です。この実態は子どもや教員に対して図書館サービスが十分行なえる状況にないことを示すとともに、資料費を要求する主体がいないことを表しています。  大学図書館においてはこれまで、国立大学図書館などの専門職員採用試験が実施され、それが半ば大学図書館専門職員の資格試験的な役割を果たしてきました。それが国立大学の法人化により制度的に変更されました。高等教育機関の図書館にふさわしい専門職員が安定的に確保できる制度化が必要です。  

以上図書館の基盤に関わる実状を述べました。この事態を改善する具体的な施策が今必要です。国際的にみて立遅れている現状、著しい地域格差などは、国全体としての底上げを図ることを求めているのではないでしょうか。図書館のナショナルミニマムの設定を検討すべきです。図書館先進国のイギリスでは政府が具体的な基準を示しています。  法案も対応すべき施策を求めていることがうかがえますが、現行の法、施策との関連について明確ではありません。先に述べた図書館基盤の改善は、現行の法律によって可能なことです。図書館法には施設、設備の補助金交付をうたっています。学校図書館法は整備、充実の措置を講ずることを国の任務としています。これを真に実効力あるものとして施策化することです。  

文字・活字文化はすぐれて思想の自由、人権尊重に関わることです。国民一人一人の内面に関わることであり、これを法律により振興することは、その意図することとは逆の結果も招きかねない側面があります。「文字・活字文化が…健全な民主主義の発達に欠くことができないもの」(第1条)、「国民が、その自主性を尊重されつつ」(第3条)と述べていますが、例えばその「民主主義」にあえて「健全な」との語句を入れ、一定の価値観を示しているようにみえるのはなぜでしょう。国、地方公共団体は文字・活字文化振興の環境整備、条件整備にのみ責任を負うことを強調すべきです。  人類が民主主義を獲得してきた歴史は、出版、表現、学問、思想の自由を獲得してきた歴史そのものです。その意味で単なる文字・活字文化ではなく、法案第1条には「自由な」との語句を入れ、「自由な文字・活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上、豊かな人間性の涵養並びに民主主義の発達に欠くことのできないものである」とすべきだと提言します。 読むことは、本来個人の自由な営みであり、読むことに妨げがあってはならない、という基点を明らかにすることが必要です。  

これらの疑問や提言に対して、関係者や国会審議のなかで慎重に検討されることを重ねて要望いたします。